パトリックニュース163号

聖パトリック教会1957年伝道開始
2005年7月17日発行 第163号

これからもよろしく(その4)

牧師 司祭 ミカエル 加藤俊彦

こうして私の聖職への志しは東京聖十字教会(世田谷線の松蔭神社前)から始まりまし

た。当時の私にとって教会生活は、それまで主日礼拝にほとんど通ってはいなかったの

で、何もかもが初めての経験でした。例えば、文語祈祷書に従って聖餐式の式文を目で

追って行くだけでも精一杯なのに、特祷のところでは別のページに移り、その後また元

のところに戻るような芸当を身につけるには大分時間がかかりました。あるいは途中で

どこに書いてあるのか分からない祈りの言葉(奉献唱や特別序唱)が入ってきて訳が分

からなくなったこともしばしばでした。その上、サーバーやオルターの奉仕、日曜学校

や晩祷の司式などが求められ、自分の祈祷書に色々な所作を書き込みながら、おぼつか

ないままに様々なことを学んでいきました。また祈祷書を頭に載せて落とさないように

腰を始動させて歩くようなアコライトの訓練をしたり、あるいは聖職者は停電になって

も礼拝を続けられなくてはならないから文語と口語の聖餐式文を暗記せよとの当時の牧

師の命令に、暗唱した祈祷文をテープレコーダーに何度も吹き込み確認したりすること

もしました。そのような修行とも言える経験をしながらも、このようなことを行うこと

と私が聖職を目指そうとした純粋な動機とが、どこでどのように関係付けられるのかは

さっぱり分かりませんでした。

当時の牧師はこわおもてで柔道何段の、低く太く倍音のかかった声の寡黙な方でした。

手取り足取り優しく教えてくださるというタイプではなく、何も語らず見て覚えて吸収

しろという教育方針であられました。私自身はその牧師のことを余り知らなかったので

すが、相手方は私を小さいときから知っているという風で結構親しみをもって接してく

ださいました。なので、時に愛の鞭と称して手が出て強烈に小突かれることが何度もあ

りました。良い悪いは別としても、最近の神学生がこのような修行中の小坊主のよう

な、あるいは徒弟制度の丁稚のような扱いを、先輩聖職から受けることが少なくなって

きたことに、少々の残念さを覚えます。それは、先輩後輩の関係から、相手に多少の理

論の矛盾があったとしても、相手から多少の無理難題を求められても、相手に多少の不

満を持ったとしても、それでも他者に仕えるという姿勢を学ぶことができたからです。

 とにもかくにも、このような聖十字教会での奉仕を10ヶ月位する中で、牧師と教会

委員の推薦を得て聖職候補生志願を出すことができました。とはいえ、依然私はまだま

だ教会やキリスト教のことをまったく知りませんでした。例えば聖職者は皆司祭になり

主教になると思い、また執事なる職があることを知りませんでした。あるいは日本聖公

会が教区に別れていることも知りませんでした。もちろん聖書に出てくる話など小学生

のときに紙芝居で見た良きサマリア人の物語位しか知りませんでした。今思えば、これ

ほどまでに何も知識がなかった私を、ほとんど私自身のことを知らなかった委員の皆さ

んが、たかだか10ヶ月位の中で推薦書に印鑑を押してくださったことに、無謀さと驚

きを感じつつも感謝の念で一杯です。

 こうして聖公会神学院の入学試験を受けることとなりました。科目は英語、聖書、論

文と面接です。過去問題を取り寄せて勉強しつつも、難関は聖書でした。私は神学院へ

の合否が入試の点数よりも召命観にあることをあらかじめ聞き及んではいました。しか

し何しろ、教会の聖書研究などに出たことがなく、ミッション校とは言え聖書の知識を

教わってもこなかったので、入学できるかどうかに多少の不安を感じていました。結

局、合格はしましたが、恐らく通常の入試であれば確実に入れなかったと分かるほどに

試験はできませんでした。こうして私はキリスト教の知識がほとんどないところから神

学院の生活を始めることとなりました。

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