パトリックニュース167号

聖パトリック教会1957年伝道開始
2005年12月18日発行 第167号

これからもよろしく(その8)

牧師 司祭 ミカエル 加藤俊彦

聖公会神学院在学3年間の成績証明書をご紹介致しましょう。

一年次: 旧約入門=C、新約入門=B、教会史入門=C、基礎文献講読=B、教会の礼拝=

B、現代人の信仰=合、聖書原語入門ギリシア語=B、聖書内容試験(新約)=C、実習=合

二年次: 聖書旧約釈義B、聖書新約釈義=B−、礼拝学=B、教理学=C、現代の奉仕職=

前期B、後期C+、聖書原語ギリシア語B=B−、聖書内容試験(旧約)=C、臨床牧会訓練=



三年次: 説教学=B、聖公会論=B+、宣教と奉仕職C+、聖書原語ギリシア語C=A−、牧

会実務=合、牧会実習=合

総合試験成績: 聖書=D、歴史=C、教理=D、実践=C

【A=100−90、B=89−80、C=79−70、D=69−60、E=不合格】

進級認定:1985/3/2現在旧約入門レポート未提出の

為2年次進級未認定 7/1進級承認

1986/4/3 3年次への進級承認

卒業認定:1987年2月17日

3年間の授業の成績を簡単にまとめますと、Aが1個、Bが11個、C が7個という結果であり、卒

業試験はCが2個とDが2個ということになります。ご覧頂ける通り、立教大学の卒業成績同様、

聖公会神学院もギリギリの成績で卒業することができました。ところで、卒業試験では、その成

績によりM.T.H.(Master of Theology=神学修士)を取得するためのレポート提出資格や、B.D.

(Bachelor of Divinity=神学士)が与えられますが、私の成績では、もちろんそれらを頂くこと

はできず、ごく普通に卒業致しました。卒業当時私には同級生が6人いましたが、卒業式では

まず2人のM.T.H.受験資格者が最初に卒業証書と何かをもらい、次にB.D.取得者が同じように

卒業証書と何かをもらい、そして最後に私と残る1人が卒業証書だけを頂戴して、つつがなく終

わったことを覚えています。結果は既に分かっていたことであり、また座る椅子の並び順もあら

かじめ決められていたので、さしたるショックはありませんでしたが、私と同様の成績の仲間が

もう一人いたことをとても嬉しく感じ、その時の様子は今でも妙に覚えている光景です。そもそ

も聖職候補生を志願する時点で母親が最も心配していた私の勉強の出来なさを考えれば、卒

業できたことでも御の字でした。

とにかく、頭がよろしくないことだけは、お世辞や謙遜ではなく客観的な事実をもって分かって

いただけると思います。その内容は思考力や展開力や創造力や要領の欠如と言えるのでしょ

う。弁解になりますが、それなりに神学院での勉強は一所懸命やったつもりであり、遊びほうけ

ていたり他に関心事を持っていたりした訳でもなく、それまでの生涯で最も時間的にも精力的

にも励んでいたと自負することができます。それなのに、それなりの結果がついて来なかったこ

とを今考えると、やはり"勉強する"という基本的な姿勢が当時はまだできていなかったと言え

るのでしょう。しかし、このような振り返りは、"聖職者への召命を感じ大学卒業後すぐに神学

院へ行くこと"を否定するものでは決してありません。事実、そのような道を辿った私は、たとえ

頭が良くなくとも、今それなりに聖職者として奉職することができています。また、ありがたいこ

とに、今まで私が勤めてきた教会の中で、信徒の方から「先生の説教は分かりやすい」「先生

の聖書研究は分かりやすい」との声を耳にする機会もありました。それを聞くたびに私は心の

中で、「それもそのはず。頭の悪い先生がやっているのだから、難しいことを言える訳がない

し、また自分が分からないことを人に語れる筈もない。」と思い、逆転の発想に気付かされるこ

ともありました。たとえ聖職者の頭が悪くても、それをまるごと神様は用いてくれると実感してい

ます。
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