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【巻頭言】(加藤司祭)
今回の「まじわり」から、私が洗礼や堅信や結婚の準備をする際、どのようなことを志願者と
お話しているかを連載したいと思います。
まず、聖書の最初にある創世記1章の天地創造の物語を一緒に読みましょう。聖書に書かれ
ている大きい数字を章と言い、小さい数字を節と言います。1頁1章1節から2頁下段の2章4節
の一行目までを輪読(代わる代わる読むこと)します。
ここには、初めに神様が天地万物すべてのものを造り、それ故に世界や天体や動植物や人
間も生まれたという話が書かれています。このことをどのように思いますか。この話には、歴史
的な事実が書かれている訳ではありません。つまり歴史の初めに神様はこのようなものを造
り、そしてこの世の中は始まったということではありません。近年になっての科学や生物学の研
究によると、宇宙がどのようにして出来上がったかと言えば、ビッグバンによってどうこうという
話が定説であり、また生物がどのようにして生まれたかと言えば、進化によるものだというのが
常識です。恐らく歴史的な事実としての創世の成り立ちは、神様が創造したことによるのでは
なく、学問的な研究による答えの方が正しいと言えます。では、聖書は偽りを語っているのかと
いうと、そうではありません。そもそも聖書は創造の物語を載せることによって、創世にまつわ
る歴史的事実を明かそうとしたのではありません。それでは、何を言おうとしているのでしょう
か。旧約にしても新約にしても聖書の読み方というのは、そこに記されている話を通して一体
神様は何を言いたいのか、それを聞くことにあります。創造物語において、それを解く鍵は「初
めに」という言葉にあります。「初め」と言ったとき、その言葉について二つの解釈が出来ます。
一つは時間的な初めです。この解釈によれば、歴史の初めに神様はすべてのものを造り、そ
れによってすべてのものは出来上がったということになります。もう一つの解釈は源とか礎とい
うことです。建学の精神とか創業の趣旨という意味での「初め」です。創世記に出てくる「初め
に」という言葉は、そのように解釈する必要があります。つまり創造物語が言いたいことは、こ
の世の中が出来上がる、すなわち物事が生起する、その根本には神様の創造の働きがあっ
た、ということです。すなわち、神様の働きがあって初めて、この世の物事は起こるし、逆に神
様の働きなくして事物は生起しない、ということです。
神様による創造の具体的な働きについては、その後引き続いて書かれています。それを読
むと、その働きが同じパターンで記されていることが分かります。つまり、最初神様は「光あ
れ。」と言いました。すると光が出来ました。そして神様はそれを見て良しとされました。次に神
様は「水の中に大空あれ。水と水を分けよ。」と言いました。すると大空が出来ました。その次
に神様は「天の下の水は一つ所に集まれ。乾いた所が現れよ。」と言いました。すると地上と
海が出来ました。神様はそれを見て良しとされました。これらの話を見ていくと、そこには神様
が言葉を発し、すると事物が生起し、それを神様は良しとする、というパターンが繰り返されて
いることが分かります。この場合で言うところの言葉とは、単なる音声ではなく意思の現われを
表わしています。また「良し」というのは適切であるという意味です。要するに、神様の意思があ
って、それに基づいて物事が起こり、その出来事は神様の思いに適っている、ということです。
創造物語が語りたいことは、この世のあらゆるすべての出来事の礎には必ず神様の意思が
働いていて、その意思のもとに出来事は起こり、その出来事は極めて適切で、しかも神様の目
から見れば相応しく起こっている、ということです。
さて話変わって、神様が人を創造したとき、他の創造の働きと違ったことは、自分に似せて人
を造ったと書かれていることです。つまり人は神様の似姿に造られているということです。その
意味するところは、人は神様のように意思する者であるということです。それは自らの意思をも
とにして、こうしよう、ああしようと決断し、その決意に基づいて物事を選択することができる、と
いうことです。これは、神様が他の被造物には与えなかった、人にのみ授けた特権です。神様
は人に対して、この特権を使って生きていくように造りました。人は、この特権を使ってこそ人と
言えるということです。
さて、今洗礼、堅信、結婚という出来事が起ころうとしています。この事柄は、あなたが意思し
て決めて選んだことです。それらなくして決して起こり得ないことです。ただ何となく起こっている
のでも、誰かの意思によるのでもありません。洗礼や堅信を受けても受けなくてもどちらでも良
い中で、受けることを選んだのはあなたです。フィアンセとして出会う可能性がある何万人の中
で唯一この人を選び、同時に他の人を選ぶことを放棄したのはあなたです。この出来事が起こ
るのは、明らかにあなたの意思と決断と選択に基づいています。そのことは神様が与えた特権
をあなたがフルに使っていることであり、あなたが人であるということを証ししていることです。
それこそが「おめでとう」という祝福の中身です。そのような意味で、洗礼も堅信も結婚も自分
で選んだことであるという自覚と主体性をまず持って下さい。そして、唯一回きりの人生を唯何
となく流されるままに、あるいは他者に転嫁して生きるのではなく、自分の思いや願いや考えを
存分に使って主体的に生きて下さい。それをこそ神様は願って人を創造されました。
しかし、今洗礼、堅信、結婚という出来事が起ころうとしているのは、あなたの意思に基づい
ていることは確かですが、それだけない、と言っているのが創造物語の伝えたいことです。
(つづく)
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