パトリックニュース179号

聖パトリック教会1957年伝道開始
2007年1月21日発行 第179号

今後ともよろしく(その9)

牧師 司祭 ミカエル 加藤俊彦

1991年4月、私が29歳のとき聖マーガレット教会に異動となりました。ここで妻と出会うことになりま

す。私は日中教会の1階玄関正面にある事務室に詰めていました。その部屋に春先から週一回礼拝堂にあるパ

イプオルガンで練習するためにオルガンの鍵を取りにくる女性がいました。初めは「鍵を借ります」「どう

ぞ」と言っていただけの関係から、次第に「お昼を食べてもいいですか?」「どうぞ」と、彼女は事務室の中

で持ってきたお握りやパンを食べて居座るような関係になっていきました。そこで会話をするようになり彼女

がマーガレットの信徒であること、立教女学院や立教大学を卒業したこと、芸大に通っていること、やけにチ

ェックの服が好きな人であることなど外郭的なことを知るようになりました。そもそも私は音楽やオルガンに

は関心も興味も持っていなかったので、その時点では人間性に触れ合うような深い会話をした覚えがありませ

ん。 

その年の夏には軽井沢の立教女学院のキャンプ場で教会のサマーキャンプが行われ、彼女も参加していまし

た。そこでも、'参加しているな'という程度の認識で特に関心を引いたわけでもありませんでした。そのとき

参加者全員で撮った記念写真では、彼女が最前列の左側に立ち、やけに目だって映っているのが印象的で、自

己主張の強い方だと思いました。恐らく背が小さいので前に並んだのかもしれません。とは言うものの、少し

ずつ知り合う中で、初めて食事に誘ったのが、オルガンを練習しに来ていた週日の昼のことでした。それまで

の彼女との会話の中に、私の前任の牧師補であった執事に聖ルカで食事をおごって貰ったという話があったの

で、私もおごることが求められているのかと推測したり、おごるとなると私が彼女に関心を持っていると思わ

れるかもしれないと考えたり、食事に誘っても断られるかもしれないという恐れにかられたり、色々と考えあ

ぐねたあげく、結局切り出して食事に誘い、三鷹台駅の近くの中華料理屋に入り一緒に冷やし中華を食べ、私

が支払いをし一件落着しました。今ではもうその店がつぶれてなくなってしまい、二人の思い出がなくなった

ようで残念です。とにかく私と妻とが知り合っていく中ではその他にも色々な出来事がありました。今彼女は

「立教チャペルを離れ慣れない教会生活を始めるにあたり同じく慣れない新しい教会に赴任した私とただ仲良

くしただけであった」と言っていますが、私としてはこのような彼女の積極的な言動にはことごとく驚きでし

た。

その年の秋口から、教会の青年たちと親しく交わる中で彼女とも人格的な出会いを深めていくようになりまし

た。そのきっかけは礼拝や演奏会におけるオルガンの奏楽と教会における牧師の説教に共通するところがあっ

たことです。それは彼女の言葉で言えば'人間の力を超えたもの'、私の言葉で言えば'神'という共通するものに

対して、お互いが関心を持ち、大切にしようとし、向かおうとしているということでした。そしてそのような

見えない存在を人びとに対して彼女は音楽を通して、また私は言葉を通して表わそうとしているということで

した。また、そのためには表現する側がその存在に身を委ね任せつつ自分らしく奏で、また語るという姿勢を

持たなければならないということでもありました。同じ方向を向き、そのために同じような姿勢をお互いが模

索し合っていたからこそ、話も弾むし、意見の対立も起こるし、共感しあうところも出てきました。それが何

よりも二人がともに歩もうとした最大の要因であったと言えます。まさに、人知を超えた神様が結び合わせて

くださったことと切に感じました。

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