パトリックニュース184号

聖パトリック教会1957年伝道開始
2007年6月18日発行 第184号

4年目もよろしくお願いします(その3)

牧師 司祭 ミカエル 加藤俊彦


31歳で清瀬の教会に赴任し、32歳で牧師に任命され、33歳で結婚をした、私が抱えた課題は礼拝堂建築で

した。4年後の1999年が創立50周年であったため、それを機に築40年の古い建物を改築し、新しい礼拝堂

を建てることが長年の計画でした。そこでまず初めに基礎となる礼拝堂の考え方を提示しました。

―礼拝堂とは―

礼拝堂は礼拝すること、すなわち宣教することを、その主目的として建てられる建物です。そこで行われる聖

餐式、聖洗式、葬送式、聖婚式などの礼拝は、信仰者が信じている事柄、すなわち主イエスを通して現された

神様の意志を、この世の中の人びとに対して表わす信仰表現であり、それがすなわち宣教です。その礼拝また

宣教の主体は神様です。その際、教役者と信徒は、決して教える者と教えられる者、演じ手と観客といった関

係ではなく、この信仰表現である礼拝を一緒に作り上げ、共に協働し奉仕する役目を負っています。これが教

会に、時間を合わせて皆が集まり礼拝をする意味であり、その姿です。このことを念頭に置き、礼拝堂の構造

を考えました。

―内在する神のイメージ―

「神様はどこにいるのか」ということを表現するためには二つの方法があります。一つは、主イエスの降誕か

ら復活までの出来事、すなわち神様が肉体を取って天上から人間界に降られ、そこで人びとと一緒に生活した

ことに表わされています。つまり神様は私たち人間(私ではなく)の中に、間に、内にいらっしゃるというこ

とです。

@聖堂内の縦横の長さを正方形に近い形にすることにより、堂内に入った時の感覚が高さや遠さではなく、平

面的な横の広がりを感じるようになります。この意図は、礼拝する私たち信徒の交わりの間に、また私たち人

間が暮らす社会生活の内に、そして私

たち人類が生きているこの世界のただ中に神様がいるということを表すためです。

A従来の聖所は、会衆席側とコミュニオンレールで仕切られ、会衆席よりも数段高くなっており、その中は神

様に近い尊い場所という捉え方がありました。しかし、はっきりとした境目を作らないことにより、神様のい

る場所を聖所内に固定化したり区別化したりすることをなくすことができます。そして会衆の集まり、ことに

聖餐式において聖書のみ言葉やキリストの体と血を囲む人びとの中にこそ神様がいらっしゃることを表わすこ

とができます。

B堂内で使用する備品、例えば祭壇、説教壇、洗礼盤、椅子などは全て移動可能なものにします。礼拝が信仰

表現であるということは、それぞれの時代や地域において、それぞれにふさわしい表現方法があるということ

です。完全な方は神様だけであり、私たち人間も、その信仰も、またその表現である礼拝の姿も決して完成さ

れた不変なものではありません。すなわち完全なものに向けて常に変わり得るということです。そのために

は、堂内の備品の置き場所や並べ方などを固定化しない必要があります。

―外在する神のイメージ―

主イエスは雲のかなたの天に昇られました。また黙示録には天の玉座に座っている神様とその右にいる子羊キ

リストの姿が描かれています。神様は、私たちの外に、遠くに、高いところにいらっしゃるという捉え方が、

もう一方にあります。

@礼拝堂はある程度の高さを備える必要があります。これにより、先に堂内の広がりを強調したとはいえ、神

様が天上にいらっしゃるという、人間が抱く上への指向を空間的に満たすことができます。

A十字架を会衆席から離れた礼拝堂前面の壁の高いところにすえることにより、遠く見上げる高いところに神

様がいるという感覚を体感できます。
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