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聖パトリック教会1957年伝道開始
2007年9月23日発行 第186号
牧師 司祭 ミカエル 加藤俊彦
前号に引き続き、特にパトリックの礼拝堂を思い描いて、その構造についてのお話を続けます。
礼拝堂左側にヴェストリーという祭具や祭服を収める部屋があります。なぜ左にあるのかは、聖餐式の司式者
が右利きであることを前提としているからでしょう。会衆に対面する聖卓で聖餐式を行うとき、クリーデンス
テーブル(聖皿・聖杯・ぶどう酒・水が載せてある台)は会衆から見て礼拝堂左側に置かれます。つまり、対
面する司式者の右側にあるということです。右利きの司式者にとっては、それらのものが右側にあった方が、
自然で安定した動きができます。それゆえに、それらのものを収めているヴェストリーも司式者の右、つまり
礼拝堂の左に作られます。教会敷地内の立地条件により、そのように造ることができない場合も勿論ありま
す。
礼拝堂会衆席の天井からは照明が下がり、光度の高い電球が使われています。聖公会の礼拝の原則は、祈祷書
を使って行うということです。そのためには、祈祷文を唱えることが出来なければなりません。礼拝時、特に
夜行われる礼拝(復活前徹夜祭、降誕日前宵祭、お通夜など)の時でさえ、式文の文字を見ることが出来るよ
う配慮して、明るい照明設備を備えていると言えます。また、礼拝が信仰の表現であるがゆえに、スポットラ
イトでチャンセル(聖卓が置かれているところ)付近を照らすことにより、聖卓・聖書・御体・御血・十字架
という信仰の焦点をはっきりとさせ、またそれらを見るという大切な行為が可能になります。
サクラメント(聖餐式、聖洗式、按手式など)とは、私たちに対する目に見えない神様の恵みや働きを、目に
見える形で現した「物」、またそれを用いた「礼拝」のことを指しています。聖餐式ではパンとぶどう酒、洗
礼では水、按手式では主教によって頭に手を置かれている行為などが「物」です。従ってサクラメントに参加
している会衆は、その「物」を見なければなりません。そこで、司式者の所作や聖卓の上で行われる行為、ま
たサクラメントそのものを、礼拝堂のどこにいても見ることが出来るようにする必要があります。そのために
サクラメントが行われる付近が一段高く造られています。同時に会衆の椅子をそこに向けて配置することによ
り、どの席に座っても壇上が見えるようにもなります。
最後に礼拝堂の構造とは直接関係のないことですが、非常に大切なこととして、なぜ教会が正義や人権のこと
に関わるのかということがあります。聖書は「主イエスの十字架と復活によって、すべての人はもう既に救わ
れた」と教え、私たちは、そのような信仰内容を礼拝において表現しています。しかし、教会があるこの地球
上を見回してみたときに、戦争、紛争、難民、飢餓、差別、人権侵害など、救われているとは到底思えない出
来事がたくさんあります。しかし、それでも、そのように信じているのがキリスト教であり、確かに救われて
いるということを証しすることが教会の使命です。つまり「すべての人は救われている。人と人との関係を断
ち切るものは既になくなり、すべての人は一つになった」と。皆が礼拝堂に集まり一緒に礼拝するのも、その
中で世界中の他者や死者を覚えて祈るのも、献金された信施を他者のために献げるのも、またバザーの収益を
外部に献げるのも、また教会で人権や平和に関する集会やプロジェクトを行うのも、そしてハンデキャップの
ある人のことを配慮して礼拝堂を建てるのも、すべてこの使命を表すためであり、単なる良心や人道主義によ
るものではありません。
教会の中で、これらのことを常に意識し続け、かついつも見直し続ける必要があります。礼拝堂を建てること
が教会の目的ではないのですから。
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