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聖パトリック教会1957年伝道開始
2007年11月18日発行 第188号
牧師 司祭 ミカエル 加藤俊彦
今般、創立50周年を機に記念誌が発行されます。その巻末には50年の歩みを刻む年表が載せられています。
1957年12月1の欄には「立川商工会議所会館において日本人会衆の主日礼拝開始(午前11時)。以後、会
館2階会議室において主日礼拝。平均20名出席。立川駅北口前。教会創立日」と記されています。以後、教
会は教会建設へと動き出しました。そして翌年、現在の地所を買い取る交渉を始め、59年には起工式を行
い、60年までには礼拝堂と牧師館の建設を終えました。63年には牧師館横に聖ヨハネ研修館を造り、65年には
機関紙「まじわり」を発行しました。66年には祭壇を移設し、それに伴い翌年には玄関移設工事を終え、ま
たガレージも造りました。74年には建物を修繕し、79年には聖ヨハネ修士会東久留米修道より譲り受けた鐘を収
める鐘塔が出来上がりました。84年には牧師館新築へと動き出し翌年完成しました。93年にはログハウスを組み
建て、翌年には礼拝堂及び会館建築の準備委員会が立ち上がり、96年に建物は竣工しました。2001年には
教会のバナーを作成し、翌年記念誌作成の基礎資料の整理が始まりました。06年には50周年記念事業実行委員
会が立ち上がり、翌年にはステンドグラスと教会銘板、十字架と記念品が出来上がり、記念誌が発行されようとし
ています。そして、今は玄関入口の花壇を造成中です。
年表を辿りつつ50年の歴史を顧みてみると、教会はいつも何かを造っていた、あるいは造り上げようと動い
ていたと言えます。特に、建造物や冊子など目に見える物質を造ろうと励んできました。つまり、教会は創立
以来、創造の業を行い続けてきたと言えます。作る物の大小はあるにせよ、そこには、何を造るか、それを造
るか造らないか、どのように造るか、資金はどうするかなどの話し合いが皆でなされ、喧々諤々の議論が応酬
していた筈です。そして目標を定め、皆でそれに向かって邁進し、完成の暁には喜びを分かち合ったと思いま
す。そして、それが目に見えるものであるだけに、その思いはひとしおであった筈です。聖パトリック教会の50
年の軌跡は、信徒を中心にしたこのような協働し創造する行為が、教会という共同体を作り上げていくため
に、つまり教会が教会であるために必要であることを物語っています。
教会生活には、まず礼拝や聖書の学びにおいて信じる心を日々新たに造り上げていくことがあります。教会の
50年の歴史はまさに礼拝を行い続けてきた歴史そのものです。また対外的な働きを行うことにより信じる心
を表し広げていくことがあります。滝乃川学園や新生寮に献金し、聖明園を訪れ、フィリピンとの交流を持ち、エン
ジェル音楽教室を開校したことなどに表されています。それらと共に、教会生活には、常に何か目に見える物を
皆で造り続けていくという、欠かすことのできない信仰の営みもあります。教会は創造の業を止めたとき、つ
まり変化が起こらなくなったとき、息絶えてしまいます。ちょうど、マグロが動きを止めると呼吸できずに窒息
死してしまうために、常に水の中を休むことなく回遊し続けているように。
さて皆さん、これらから皆で何を造っていきましょうか。お一人お一人の信仰が培われ、聖パトリック教会が息づ
いていくために。
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