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任期を終えて感謝の言葉
足かけ一三年間の主教の勤めの主教の勤めを曲がりなりにも終了するに当たって、教区の皆さんの祈りと支えと忍耐を心から感謝いたします。
主教就任が一九八八年顕現日(一月六日)でした。その年の夏には一〇年毎のランベス会議の年だったので、西も東もわからない新任主教―ベビービショップ―として参加しました。留学時代の同級生で何人か主教になったのがいて、再会する事が出来ました。思い出話をしているうち、私が礼拝学のゼミでガブリエル・ヒーバートの『典礼と社会』に触れながら日本の礼拝と宣教の問題について発表したのをおぼえていてくれた同級生がいました。
このランベス会議で、二〇世紀の最後の一〇年を『福音伝道一〇年』とすることが決められました。主教として、「伝道」と言うことにあまり積極的ではない日本聖公会で、どのようにこのテーマを展開するか戸惑いました。東京教区での宣教課題に霊感を与えてくれたのが、もう古典になっていますが、このヒーバートの名著でした。
今世紀後半から日本聖公会だけではなく、世界中の聖公会で祈祷書の改正が試みられてきました。その改正は、祈祷書そのものの内容や言葉づかい、あるいは礼拝の順序の改正が大部分でした。礼拝と社会との関わりというビジョンに立つ典礼や祈祷書の改革の試みはほとんどなかったようです。
東京教区の福音伝道計画を検討するにあたって、『福音の社会化』という意味での福音伝道を考えました。その社会化の手がかりとして、東京における『もっとも小さい者たち』と出会い、奉仕するプロジェクトを試みることを思い当たりました。このプロジェクトは、神の国に最も近くにある者としての『もっとも小さい者たち』を、社会的弱者として奉仕することではなく、イエスを通して啓示された神の国に私たちをも導いてくれる者として仕える事です。その目標は『この最も小さい者にしたことは、私にしたこと…』と語るイエスへの献身によって、神の愛の支配する社会(神の国)のビジョンを教区が共有することです。従って、人間的な善意や同情ではなく、私たちが捧げる感謝と賛美の礼拝こそこの活動を推進する動機にならなければならないのです。私たちが捧げる礼拝は、私たちを『もっとも小さい者』への献身に向けられていなければならないと思います。従って、このプロジェクトがまず第一に礼拝する共同体になることを目指すことになります。
主教任期の最後の年の二〇〇〇年末から二〇〇一年初頭にかけて行われた『ミレニアム・ノヴェナ』は、このビジョンを共に分かち合ったと言う意味で私にとってことさらに有意義なものでした。これを企画し、またこれに参加した東京教区の兄弟姉妹への感謝と共に、忘れがたいイベントでした。
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