教区宣教方針の策定と実践

一九九四年3月も終わりに近いある日、竹田主教から突然お電話をいただいた。宣教主事にというお話である。一瞬呆然とした。つい先ごろの教区会で承認された教区機構改革で新設されたばかりのポストである。教区主教のもと、これも新設の宣教委員会の事務局長として、宣教の企画、立案、調整、推進等にあたるのが任務とされていた。私は聖職のどなたかが任命されるものとばかり思っていた。

竹田主教は候補者の条件を三つ挙げられた。第一は信徒であること、第二は教区の状況を理解していること、そして最後に今回の機構改革に携わってきたこと。私は散々迷ったが、主教の要請を遂にお断りすることができなかった。
以来七年にわたって竹田主教のもとで宣教主事の仕事を担当させていただいた。

思い返すと、竹田主教の働きは、着座された一九八八年のランベス会議での決議「福音伝道一〇年」を軸として展開された。その手始めが教区全体を宣教共同体として編成しなおす機構改革で、主教が最も重視したのが各個教会と教区組織との意思疎通の円滑化であった。教会グループ協議会の設置、各グループ代表を加えた宣教委員会の構成、拡大宣教委員会の開催などが結果としてその実現に寄与したと思う。

一九九七年に発表された「東京教区宣教方針」は二一世紀に向かう東京教区の宣教の姿勢を宣言したものであるが、竹田主教の公式な場での発言がその基礎となっている。教区の宣教活動を進める上での指針として用いられ、特にプロジェクトチームの活動の原動力であった。

なお、一時期には一二チームを数え、様々な課題に取り組んできたプロジェクトチームも、現在四チームとなり今後の方向付けが検討されている。

竹田主教によって指導され推進された事柄をこの紙数で述べること不可能に近い。女性司祭の実現、メリーランド教区・大韓聖公会との交流、祈りと交わりの教区フェスティバル、平和と和解を主題に礼拝に明け暮れたミレニアム・ノヴェナなどなど。われわれはこれらを思い出とするだけでなくその精神を大切に継承していきたいものと考えている。

岡 野  峻(教区宣教主事)

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