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感謝をもって、惜しまずに
スチュワードシップは理屈ではなく実践ですから、当然その成果が問われます。
しかし、スチュワードシップの成果は、たんに献金や奉仕の量で測られるのではなく、どのようにささげたかにかかっています。
そこでとくに強調される事柄が、しばしば二つのキーワードすなわち、
「感謝をもってささげること」と、
「惜しまずささげること」
で説明されます。
A Handbook of Parish Stewardship - Gratitutde and Generousity- ,
Gordon Strutt , Mowbray, London ;1985
スチュワードシップは神の恵みに対する応答ですから、神の愛に対する感謝の思いがこめられなければ神に喜ばれるささげ物とはなりません。
また、ささげ物の量が多すぎるのではないか、もっと少なくてもいいのではないか、というようなことを思いながらささげることはむなしいことです。
しかし、このような説明よりも、福音書に記されている、主イエスに高価な香油を注いだ女の記事(マタイ26章6〜13)から、もっと適切に、ささげることの理想像を学ぶことができるように思います。
この女の一見無駄なような行為が、まさに主イエスがこの女に与えられた救いの恵みへの応答であり、主イエスに惜しみなく注がれた愛が、高価な香油をすこしも惜しむことなくささげるという行為となったのです。
この箇所の聖書注解の中で、
バークレーは
「愛は計算を度外視する」
ことを指摘したのち、この女とは正反対の例を示して、
「人の尊敬を失わない程度に、最小限にキリストと教会にささげるにはどうしたらよいかなど考えるものはクリスチャンということはできない。」
と述べています。
「マタイ福音書下」 ウィリアム・バークレー著
松村あき子訳
ヨルダン社 一九六八
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