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個人のスチュワードシップ



神の恵みへの応答として、まず主日の礼拝を守り聖餐にあずかることがクリスチャンとしてのつとめでしょう。
そこからこの世に派遣され、一週のつとめがはじまります。

教会での奉仕を週日に行うこともありますが、家庭や職場の生活がむしろ時間的にも才能を発揮する場としても大きな割合を占めます。
その生活の中で、クリスチャンであることを自覚し、神の恵みへの応答として、神に喜ばれるように時間や才能や持ち物をささげることは、やはりスチュワードシップと考えることができます。

しかし、多くの人にとって現実の日々の生活はたいへん厳しく、自分と家族の生活の必要を満たすためにほとんどの時間と持てる力を使わなければならない人も少なくないことでしょう。
その中でスチュワードシップを実践することは容易なことではないかもしれませんが、そのことはすでに神がご存じであり、むしろ、自分と家族の必要を満たすことがクリスチャンとして第一になすべきつとめです。

そこで重要なことは、必要と欲望を区別することです。
生活にどうしても必要だと思っていたものでも、よく考えると、思っていてたより少ないものでも必要が満たされるばかりでなく、欲望の大部分が満たされることを発見することがあるかもしれません。

生活にほとんど余裕がないと思っていても、収入の一部あるいは週のきまった時間を教会や社会の奉仕にささげた残りでかなり満足な生活ができるかもしれないのです。
そこで、どれだけの割合をささげるかは、自分自身と家族の必要についてよく考えた上で決断すべきです。

また、教会の外のボランティア活動などでよい働きをしている人は、時間、才能、持ち物などの賜物を社会のためにささげています。

社会でよい働きをしている信徒も教会でよい働きをしている信徒もおります。
教会員の中には、神が与えてくださった賜物を何に用いるか責任をもって考え、教会のための働きよりむしろ社会のための活動に多くの時間をあてる人もあるかもしれません。

教会は、このような信徒を支援していくべきで、教会の都合で一方を減らして他方にまわすように強いるようなことをしてはなりません。

ただし、奉仕活動をしている団体でも、その活動が利己的な動機による場合には、かかわらないように注意をうながすことが大切です。

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