日々の礼拝
昼の祈り
2007  光のもとなる造り主の神
ひかりのもとなる
竹淵静雄 (1899-1985)
*改訂委員会で一部改変
CHURCH TRIUMPHANT
James William Elliott (1833-1915)
 『古今』179番の改訂訳です。
 『祈祷書』の「昼の祈り」を反映して原詩を一部改変しています。
 祈祷文の中に、「あなたはこの時刻に十字架につけられ、慈しみに溢れたみ腕を広げられました」という言葉があります(『祈祷書』85頁)。 これは十字架の強調点が、主の苦しみと犠牲から、救いのしるし、人々に対する神の究極的な愛の実現へと移されてきたことの表れです。それに従い、特に2節では、「真昼に汗して十字架を負いし」を「真昼に負いにし十字架を思い」と改め、「つとめにいそしむ」を「みわざにいそしむ」と変え、神の宣教のみ業に奉仕するわたしたちの務めを表しました。
 3、4節で「みたま」という言葉の使用を回避していますが、改訂作業においては、それを「聖霊」と置き替えて解決し得るものではないことを確認してきました。また、従来「父 み子 みたま」としてきた、三位一体を表現する言葉が、はたして聖歌の詩にふさわしかったのかも問い直しています。三位一体を表す言葉は、さらに検討する必要があります。
 作詩の竹淵静雄は、中部教区で司祭として奉職しました。この詩は『古今』の「創作聖歌募集」により採用されたものです。1節で創造主なる神を、2節で十字架を負われた主イエスを、3節で聖霊を、4節で父と子と聖霊なる神への賛美を歌うことからも、「昼の祈り」だけに限るのではなく、三位一体主日などにも用いることができるでしょう。
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