キリスト者の生活
信仰告白
2118  やさしき息吹の
Amazing Grace! How sweet the sound
John Newton (1725-1807)
st.5, A Collection of Sacred Ballads, Richmond, 1790
NEW BRITAIN (AMAZING GRACE)
Columbian Harmony, Cincinnati, 1829
adapt. Edwin Othello Excell (1851-1921)
(訳詩 加藤 望)
 「アメイジング・グレイス」として多くの人に愛唱されているこの歌は、数知れない言語に訳され、様々な文化的に異なったスタイルにアレンジされている特異な聖歌です。
 誰にでも経験のあるような内容と、哀愁を感じさせるペンタトニック (五音階)の旋律が、人種、年代を超えて親しまれ愛されてきたのでしょう。
 この聖歌が初めて賛美歌集に登場したのは1779年。作詩のジョン・ニュートンはその以前にこの詩を書いていたと考えられます。自分自身の神への回心、神の導きによる感謝へと導いた生活の変化を表した自叙伝的なこの詩は、実は彼が一時期、奴隷船の船長をしていたということに起因しています。そのため、この聖歌には貨物同様に奴隷船で運ばれてきた人々の子孫とともに、ニュートンのように、運んだ側の子孫にも歌い継がれるという、大変な痛みを感じさせる経緯が含まれています。
 最終節はニュートン自身のものではなく、他の聖歌から採られたものです。19世紀には最終節が替えられ、それがどこから採られたのか分からない場合が度々あります。これは、時代によって神学が変わったり、または地域、文化による違いを採り入れた結果だと考えられます。
 ニュートンの原詩の5節では、「この身は衰え、世を去るとき、喜びあふるるみ国に生きん(『讃美歌21』より)」と、「救いはあの世にある」ことを歌っているのに対し、『試用版』では、この今の世にも神の国を実現する希望を信じて、神に感謝・賛美する内容の別の5節を収めています。
 「日の照り輝く  時をやどす
 神を愛でたたえ うたはめぐる」
 まことに悔い改める人生とは、恵みを与える神を愛し続け、永遠の賛美をささげ続けることにあります。喜びにあふれた賛美をもって、この詩は締めくくられるのです。
 今ではニュートンの詩とは切っても切り離せない関係のこの曲は、1829年に初めて聖歌集に用いられました。その後、様々なアレンジを経て、1835年にこの詩と組み合わされて取り上げられ、以来、全世界的に広がりましたが、聖公会の聖歌集としては1976年に出た『(米国聖公会改訂聖歌集)増補版II』で初めて登場し、『H82』に引き継がれて採用されました。  「アメイジング・グレイス」は、既に多くの訳詩が存在し、様々に歌われてきましたが、今回『試用版』の最終曲を飾る歌として、聖公会信徒による新しい訳詩で収められています。
 Amazing Grace! というニュアンスをいかに訳出するかに当たっては、「驚くべき」とか、「くすしき」という日本語のよそよそしさを避けて、訳詩全体で、思い及びもつかないみ恵みが、与えられるはずもない罪深いわたし自身であるにもかかわらず、神はお与えくださる、という主題をもってAmazing Grace! の表現を試みています。
 「このみ恵み」については、感嘆と強調の表現として選びましたが、 他方で「この」は話し手の勢力圏を表すものでもあるため、訳者からは「あの」という話し手と聞き手の双方共通の意味を表す指示詞を使った方が、「み恵み」の広さと深さが表現できるのではないか、との提起もありました。
 また、4節の訳詩について、訳者からの書簡を紹介します。この書簡を受ける以前の改訂委員会で調整した段階の詩では、「父のみ住まいへ導かれる」としていました。

 「父のみ住まいへ導かれる」の「導かれる」は、もともとは「道を引く」から転じたもので、具象的で意思の強さを感じさせます。しかし、2節が「絶えざる導き」となっていますので、連句的観点から見ると、主題となるべき言葉「み恵み」と「導かれる」を、「手を引かれる」天に向かって手を伸ばそうとしながらも、迷える手が神にひかれるというような情景的イメージにするか、「いざなわれる」にするのがよいでしょう。多少メルヘン的感じもありますが、「い」は息、「ざ」は誘う、「なう」は担うという語源があり、息を誘い出しそれを担って連れていくという意味がAmazing Grace のテーマに通じるものがあるでしょう。
(訳者の書簡より)


 結果、「いざなわれる」という言葉を神学的な理解をも伴って選択しました。これは詩作作業のやりとりの一例です。詩の世界、メッセージを汲み取りながらよりよい訳詩が生まれるために、訳詩者と改訂委員会の真剣な対話が行われていることを紹介しました。
 「アメイジング・グレイス」の日本聖公会訳が愛され、親しまれることを願っています。
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