NSKK 日本聖公会 東京教区
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目に見えない世界を求めて

主教 植田仁太郎

 私たちの生きている現代という時代は、「映像文化」の時代、「視覚優位」の時代だと言われる。
 印刷術の発明と読み書きの教育の普及は、口で伝えられる情報を耳で受けとめるという文化を社会の隅に押しやってしまった。さらに時代は下って、写真・映画・テレビ・コンピューターが、あらゆる映像を間断なく提供し続ける世界を出現させた。目に映るもの、映像化できるものが、絶大な価値を持つことになった。「目に見える情報や出来事を追いかけることに追われているうちに、見えないものについて考えるゆとりがなくなった」とある批評家は言う。
 さらに、映像化されるのは全て光が当てられているものである。(闇は映像にならない。)実際の都市空間も光に満ちていて、日常的に闇を体験することもなくなった。
宗教とりわけキリスト教の語る、人間と世界の真実は、この映像の時代が私たちに提供するものの対極にある。目に見えない、映像化できないものにこそ真実がある。人生と世界は、いつも闇と隣り合わせである。闇と暗黒を体験しないでは、光と喜びも体験できない。
 秋の夜長、ある時は、私たちにまとわりつくあらゆる映像をしゃ断し、またできればあらゆる人工の音もしゃ断できる所に身を置いて、みずからの魂に語りかけてくる声に、耳を傾けたらどうだろう。

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