顕現後第3主日 日曜学校教話 2004.1.25

聖ルカによる福音書 第4章14〜21節
 

 イエスさまが救い主(すくいぬし)として、神(かみ)さまから、つかわされりことは、イエスさまがうまれる、ずっとずっとまえから、きまっていました。
 旧約聖書(きゅうやくせいしょ)のなかには、イエスさまのことを、あらわしているんじゃないかな、と、おもわれる記事(きじ)が、たくさんはいっています。
 イエスさまのうまれる、ずっとまえの時代(じだい)に、神さまのことばを、ききとった「預言者(よげんしゃ)」といわれるひとたちが、そのことをかいて、のこしています。

 きょう、聖書(せいしょ)にでてきた「イザヤ」というひとも、神さまからききとったことばを、たくさんかいて、のこしています。
 イエスさまは会堂(かいどう わたしたちの教会(きょうかい)のようなところ)で、聖書のイザヤがかいた部分(ぶぶん)を朗読(ろうどく)して、「この聖書のことばは、きょう、実現(じつげん)した」と、おっしゃいました。それは、イエスさまこそ、神さまのことば、神さまのおかんがえを実現(じつげん)するために、うまれたひとだったからです。
 神さまのことば、神さまのおかんがえとは、なにか というと、イザヤがかいているのは「とらわれているひとに解放(かいほう)を、めのみえないひとに視力(しりょく)の回復(かいふく)を、圧迫(あっぱく)されているひとを自由(じゆう)に」すること、だというのです。わたしたちのなかで、いちばんつらいめにあっているひと、かなしいおもいをしているひと、そういうひとたちを、たすけることが神さまの、おかんがえなのです。いまのわたしたちの場合(ばあい)よりも、イエスさまの時代は、もっと、つらいめにあっているひと、いじめられているひと、差別(さべつ)されているひとが、たくさんいました。そういうひとたちを、たすけるために、たいせつにするためにイエスさまは神さまから、つかわされたのです。
 だから、イエスさまは、ずっとむかし、イザヤがかいておいた、神さまのおかんがえ、ご計画(けいかく)は「わたしがきたから実現(じつげん)したよ」「わたしといっしょに、つらいめにあっているひとを、なぐさめたり、いじわるされたり、差別されているひとを、たいせつにしたりすることを、これからはじめていこう」と、みんなにしらせようとしたのです。
 わたしたちも、イエスさまといっしょに、かなしいおもいをしているひとを、なぐさめたり、たすけたり、いじわるされたり、差別されているひとを、たいせつにしたり、やさしくしたりすることが、できるかな?
それが、「神さまのこどもになる」ということだと、おもいます。

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