パトリックニュース最新号(Patrick News)

聖パトリック教会1957年伝道開始
2022 年 1⽉発⾏ 第 343号


貴腐ワイン
 管理牧師 司祭 ヨナ 成成鍾

 キリスト教はぶどうやぶどう酒とのかかわりが深いです。聖書の舞台地においてぶどう酒は生活に密接なものであるため、聖書にぶどう酒、またはぶどうをモチーフにしたお話はいくつも記されています。キリストが公生涯を始めてから最初に行われた奇跡はカナの婚礼で水をぶどう酒に変えられたこと(ヨハネ 2:1-11)でしたし、人々を教える際にはご自身のことをむどうの木に、また私たちのことをその枝に喩えられてその密接な関係を示されました。そして最後の晩餐で取り上げられたぶどう酒は、御血を表すものとして今現在に至って聖餐式を通して私たちを生かすものとして用いられているのです。そのようにぶどうやぶどう酒は大事な意味をもたらしてくれるものなのですが、今日はとあるぶどう酒のこと、ことに甘口のデザートワインのお話をしたいと思います。

世界には様々なワインがありますが、その中にも貴腐ワインというとても希少性の高い世界最高峰の甘口ワインがあります。貴腐ワインは、輝きのある色、蜂蜜のように優しく甘い香り、心地良い酸味と豊かで洗練された甘味が魅力だと評価され、ワインの帝王とも呼ばれています。貴腐ワインがこのように高い評価を得るようになったことには秘密がありますが、その秘密とは貴腐という名前に隠されています。貴腐という言葉は「高貴なる腐敗(noble rot)」という意味を表しています。つまり、貴腐ワインとは、貴腐菌(ボトリティス・シネレア菌)という特殊なカビを用いるわけですが、そのカビによって腐ったぶどうがダメになるのではなく、むしろぶどうの甘さが極限まで引き出されたワインのことです。味噌やチーズのようにカビがうまく利用されるわけですが、それのためには以下のような生育条件が求められるそうです。

一つは、夜と朝に霧が発生して貴腐菌の生育に都合の良い温度や湿度状態になっていること、そしてもう一つ、日中には日照が多く乾燥した天候が続くことで水分の蒸発が進行することが何より重要になります。こういう生育条件が満たされると、収穫時には糖分などのエキスが凝縮した、まるで干しぶどうのような貴腐ぶどうへと変貌を遂げるのです。こういう過程を踏むために、1 本の貴腐ぶどうの樹からは、他のワインの約 10 分の 1 の量であるグラス 1 杯分のワインしか造れないと言われています。貴腐ワインの核心だとも言える甘いカビの貴腐菌は、ワイン醸造に用いる以前には、ただ農作物を腐らせるカビに過ぎませんでした。しかし、ぶどうと出会い、腐敗と乾燥に相応しい環境に置かれることによって、悪いカビではなく貴いカビとして高貴な待遇をもらうようなりました。そしてカビによって養われた貴腐ぶどうによって、世界最高級のワインが世に出されたのです。

偶然に発見された醸造法ではありますが、これは自然が生み出した奇跡だとも言えます。人にも同じことが言えます。私たちの中には、まだ自分の可能性を繰り広げられる出会いがなくて、自分を始め、周りを困らせる貴腐菌のようなものがあります。あるいは、すでに可能性は発見されているけれども、それを深められる環境に身を置かないため、可能性という貴い花がまだ咲かない場合もあると思います。それでは皆さんは自分、また教会のことについてどのように思っているでしょうか。今の状態がどうあろうとも、仮に周りや自らの評価が良くないとしても、私たちには貴腐菌のように、何より尊い存在として、誰より高貴な待遇をもらえる可能性がある、ということを忘れないようにしてください。そして自分だけの奇跡を起こしてください。するとそれが教会の奇跡をも呼び起こせるかもしれません