東京教区フェスティバル2002

2002人の大礼拝にあたって

この世を旅する私たちは残念ながらいまだに、み国の完成を迎えていませんから、根本的には主イエスの愛によって悪に傾く傾向から解放されたといっても、まだまだこの世の中でお互い傷を負う者として歩んで行かなくてはなりません。

今年のフェスティバルに向けて、実行委員会の願いは、普通の人間である私たちが、この世の中で様々な傷を負いながらも、ご自身十字架の上に傷付き、そこから復活して私たちを癒して下さる主イエスに従って生きようということです。その道は苦しみの全くない道ではありません。けれども、イエス様が共に歩いて下さる道、聖霊なる神さまのみ力に支え導かれる道です。

だからこそ、今年の教区フェスティバルは例年にも益して、主のみ名によって呼び集められた私たち一同が唯一の神の前に共に平伏し、懺悔し、裁かれ、このような人間の弱さにもかかわらず、どこまでも私たち一人一人を大切にしようと恵み、赦してくださる主イエスの愛の心によって、再び立ち上がらせて頂き、この世へと遣わされて行く力を、み言葉と聖餐のサクラメントを通して頂く教区全体の一致の礼拝をこそ大切にしようとしています。


日本聖公会東京教区は、大阪教区と共に、日帰りで集まることの可能な日本聖公会の数少ない教区です。泊まらなくては教区会も按手式も出来ない教区の大変さは一三年間、九州教区で働かせて頂いて始めて解りました。その気になれば、いつでも会えることは大変なお恵みなのです。とはいえ、普段の主日は各礼拝堂・教会で礼拝をしていますから、一同に集って礼拝する機会は東京教区でも教区フェスティバルしかないのです。

恒例化、「いつでもあえるさ」という安心感からか、残念ながら例年の教区フェスティバルは平均千人程度の礼拝出席です。そこで、今年は教役者団も信徒の皆さん、かかわりを持たれる皆さんが周囲の友人に声をかけ合って集って頂き、東京教区全体の一主日の平均礼拝出席者約二千人の出席を目指しています。聖アンデレ同胞会のモットウではありませんが、「一人が一人を誘えば」不可能ではありません。

七〇年代の大学紛争の中で「共同体幻想論」という言葉が言われました。信仰共同体である教会、教区の一体性など幻想だと言われて久しいのですが、私たちは悪に傾きやすい傾向を持つ弱い人間です。組織としての教会は弱点、欠点だらけですが、主イエスのみ名によって呼び集められた者の群れである、キリストの体である神秘体である「教会」を信じる者です。どうか、ご一緒に、人の交わりを通して働かれるイエスさまの愛に触れて頂き、この押さえがたい喜びの大爆発を体験しましょう。

(実行委員長 司祭佐々木庸)

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