月報「コイノニア」
2001年5月号 No.213


主の昇天と聖霊の降臨

司祭ヨハネ

イエスは言われた。「父がご自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。
  (使徒言行録第1章7―9節)
五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いてくるような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人ひとりの上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、〃霊〃が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話し出した。     (使徒言行録第2章1―4節)

福音記者聖ルカは医者だったと言われ、また、画家だったとも言われます。使徒言行録においても生き生きした描写で、まるでわたしたちの眼前で展開されている出来事をこの目で見ているかのように、心躍る思いがします。
昔見た『夜叉ヶ池』という映画のラストシーンで、姫君が雲に乗って天に昇る場面がありました。しかし、映像にしてしまうといかにも作り物めいて興ざめでした。同様に、ルカの描く昇天の場面で、「天に上げられ」とか「雲に覆われ」という表現を文字通りにしか受け取らないならば、それはおとぎ話めいたものに化し、言葉の持つ力と深みが失われてしまうように思います。ルカがこのような表象を用いて伝えようとした真実と神秘を感じ取ることが大切ではないでしょうか。その手がかりを、ヨハネ福音書における主のみ言葉に求めたいと思います。
「わたしは父のもとから出て、世に来たが、今、世を去って、父のもとに行く」(ヨハネ16・28)。「天に上げられ」とは、主がこの世を去って父なる神のもとに帰られることであり、もはや弟子たちの目に見える仕方で共におられることはないということです。
「雲」は、聖書の中でしばしば神の栄光が現れるときに登場します。「わたしが行く所にあなたたちは来ることができない」(ヨハネ13・33)。人間は神の栄光に近づくことができず、また、神の栄光をうかがい知ることができない。それゆえに「雲に覆われ」るのです。主は今、まことの神の子として神の栄光を身にまとわれたがゆえに、弟子たちの目から見えなくなります。
「わたしが去って行くのは、あなたがたのためになる。わたしが去って行かなければ、弁護者はあなたがたのところに来ないからである。わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところに送る」(ヨハネ16・7)。主の昇天はわたしたちに聖霊を送ってくださるためでした。
「言っておきたいことは、まだたくさんあるが、今、あなたがたには理解できない。しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる」(ヨハネ16・12)。ルカの描く五旬祭(ペンテコステ)の日の出来事は、この主の約束の実現です。
「わたしが彼らの内におり、あなたがわたしの内におられるのは、彼らが完全に一つになるためです」(ヨハネ17・23)。「わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからである」(同14・12)。聖霊は神の霊であり主イエスの霊です。聖霊がわたしたちの内に来られるとき、一人ひとりが主の業を行う者とされ、「地の果てに至るまで、わたしの証人と」されます。
ハレルヤ、主とともに行きましょう。
(図は17世紀コストロマ派イコノスタス《祝祭日》の列から、「聖霊降臨」)


洗礼・堅信
おめでとうございます。

5月20日(復活節第6主日)武藤主教をお迎えして洗礼・堅信式が行われました。初夏を思わせる明るい光の差し込む礼拝堂で、多くの先輩達の祈りと祝福の中、聖歌隊のプロセッションも加わってとても盛大な礼拝となりました。

(洗礼・堅信)
 ナタナエル 菅原一樹さん、
(堅信)
 ルシア 佐々木恭子さん、
 アン 佐々木牧子さん、
 アグネス 津田祐理子さん、
 マーガレット 福原則子さん


寄稿

「スリランカの医療事情」

ヨシュア 立石昭三

 2001年3月15日から3月23日までスリランカに行って、日本の、そして京都市民の援助を見てきました。京都にはKAFA (Kyoto Asia Fr iendship Association)というNGO(民間の非政府援助団体)がありまして、その資金は個人の年額六千円の寄付のほか、郵便貯金の利子の一部が預金者の善意で寄せられていまして、その活動はもう十年も続いています。
 その会長さんはマリア教会の山岡景一郎さんで、発起人には京都の名刹の管長さん達の名が見られます。仏教国であるスリランカが、お寺の多い京都との縁で対象として選ばれたのでしょうか? 私も知らなかったのですが、仏教が国教であるこの国の政治体制は社会主義国で、医療と教育はタダと言うことになっています。教育がタダですので受験競争は激しく、また学歴重視の社会でもあると聞きました。
 医療はタダといいましてもそれは建前でして、国立病院の医療はタダで患者がつめかけていますが、実際はお医者さんの大部分は、安い給料を補うために開業をして、その技術と設備によって医療費には差があり、貧乏な人は料金の高い開業医にはかかれません。KAFAはこんな国で教育と公衆衛生、そして、医療の援助をしています。
公衆衛生面では、毎年二つずつ、六穴の水洗便所を作って寄付しています。これは約八十万円くらいの費用で出来ますし、その便所の一角には、現地人の一家が住んでいまして、一人1Rp(ルピー)の使用料を取って便所の維持、清掃費とその一家の生活費としています。
 教育面では市の図書館の一角にKAFAコーナーを貰って、そこに本を寄付したり、英語学習のコンピューターを設置して子供達が並んで順番を待ち、楽しそうに学習してました。
 これら教育、衛生面の援助はランニング・コストは要りませんが、問題は医療援助でして、これの実態を見るのが私の仕事でした。着いた翌日、KAFAの宣伝でもある無料検診、診療を見ました。あるお寺を借り切っての診療でしたが、朝早くから沢山の患者が待っていまして、診療はお坊さんの司式、お祈りではじまり、昼食も取らずに夕方までかかりました。結局、八七〇人もの患者さんが来られ、これを私を含めた八人の医師、十人の看護婦、約二〇人のヴォランテイアで診ました。病気の種類は日本でも見られる腰痛とか神経痛とかが多かったのですが、中には先天性の奇形や被虐待児など先進的(?)な病気もありました。専門病院を紹介する外、治療を要するものには、安いインド製の薬を1週間分投与してました。診療を待つ患者さんにもヴォランテイアの方が紅茶を配っているのはいい光景でした。
 翌日は二つの診療所、一つの中央検査所を見ました。診療所では若干、定額の費用を取ってましたが、経営は赤字でこれをKAFAの援助で埋めているのです。検査の機器は日本製の立派なもので、この試薬の補填もKAFAの援助です。非常に高価な検査もありました。たとえば甲状腺機能の検査などです。実際、甲状腺腫の人も何人か見ました。これは甲状腺のホルモンを定量して診断するよりも、臨床症状からヨード不足によるものなら海藻を取ることを薦め、日本の海苔を試食してもらいました。これは岩塩ばかり取るナイジェリアでうまくいった方法で、後が楽しみです。(閑話休題、この国はインド洋に浮かぶ海洋国ですが、あまり魚も食べません。魚は立派なのが直ぐ近くで取れるのですが、冷凍施設が無いので、すぐ腐るし一般庶民は古い干物ばかり食べてました。冷凍施設の援助はきっと役に立つでしょうね。)
この国は確かに貧しく、無料の診療をするのは人道上、良いこと尽くめ、のようですが、私は山岡会長に報告書を出すのに際して、「無料の治療は止めた方がよい」と勧告しました。無料の治療は現地人医師による有料診療所を圧迫し、長続きしないと考えたからです。中国の結核治療でも無料より有料の方が治療完了率が優れていた、という経験もありましたので、そのことは自信をもって言えました。
 しかし検査、診断に関しては、この国に無い検査に限って、その試薬代、人件費を補うだけの費用を戴いて継続するのは良いことだ、とも述べました。
 スリランカから帰宅してすぐまた中国へ行きました。これはもう六年も続いているGO(政府資金による援助)です。河南省の安陽でウイグルからの流民が結核で有料で入院しているのに遭遇しました。これには無料にすべきだ、と勧告しました。流民は都市から都市へと流浪しますし、その間、結核菌を撒き散らしますので有料にして治療完了率を悪くするのは危険です。無料にして、例え、その国の支出が一時的に増しても、国全体としては得策なのです。
 スリランカと中国でまったく逆の勧告をして自分でもおかしいのですが、実際、医療援助は難しい、と思います。


5月号次ページへ