月報「コイノニア」
2010年9月号 No.325


《聖書を飛び出したイエス様・その22》
  信じられるもの

太宰治『人間失格』から

司祭 ミカエル 藤原健久

そこで、イエスは言われた。「あなたたちの律法に、『わたしは言う。あなたがたは神々である』と書いてあるではないか。」            (ヨハネ10・34)

 一昨年は太宰治の「没後60年」、昨年は「生誕100年」だったそうです。そう言えば、あちこちで太宰治について目にすることが多くなったような気がします。太宰治の生涯を取り上げたテレビ番組、イケメン俳優を起用した映画、そして本屋に並ぶ文庫本も、表紙のカバーを人気漫画家が描き、まるではやりのマンガのように宣伝し、売られています。
 昔からある文学作品なので、つい「古くさい」と思いがちですが、今の若い人達には、新たな魅力をもつ作品として読まれているのでしょう。
 わたしが初めて読んだのは高校生の時だったでしょうか。それから幾度か読んだと思いますが、いつも強烈な印象を受け、没頭して読んでしまいます。
 太宰治の、何度も練り直した美しい日本語の文章と、青年の心を失っていない繊細な心が、若い読者の心に響くのでしょう。
 タイトルから受ける印象の通り、重苦しいテーマを扱った作品です。「恥の多い生涯を送ってきました」と言う言葉で始まる手記には、主人公の赤裸々な独白が記されています。彼は、ハンサムで、愛想も良く、良く気が付き、周りのみんなの人気者です。けれども、彼の心の中は、人間に対する恐れと不可解さに満ちており、人と接することによって傷ついた心を抱えています。人間として生きることの辛さをいつも感じて生きているのです。このような主人公の姿を見て、読者は「これは自分の事だ」と感じるのでしょう。社会構造が複雑化し、しかも景気が悪く先行き不透明の現代社会にあって、多くの青年達が「生きにくさ」を感じているのではないでしょうか。作品を読み進むことで読者は、主人公が、自分の気持ちを代弁してくれる喜びを、感じてゆきます。
 また主人公は、自分の心の中を、徹底して見つめ、分析してゆきます。他の人が通り過ぎるような、「悪」や「罪」を、徹底して分析します。主人公のこの分析を通して、読者も自分の心を分析するのです。難しい議論が敬遠され、適当に受け流すことを求める社会の風潮の中で、それに満足できない心の飢えを、読者はこの作品を読むことで満たしてゆくのです。
 物語は、悲劇的で破滅的な方向へと進んでゆきます。人間を恐れる主人公は、人間社会にも入ることができず、「落伍」し、また主に女性との関係で「堕落」的な生活になってゆきます。何人かの女性を傷つけ、また女性と自殺未遂してしまいます。ここには、現実の社会で、女性と自殺してしまった太宰治の最期が重なって見えます。主人公は、「天国」よりも「地獄」の方が信じられると語ります。彼は「生」よりも「死」に引かれているようです。
 私は思うのですが、彼は本当は「死」よりも「生」を信じたかったのではないでしょうか。誠実に人間を見つめてみるとき、どうしても人間の「罪」とその結果である「死」を見つめざるを得ません。けれども主人公は、また太宰治は、「死」を徹底的に見つめることによって、その向こうにある「生」にたどり着きたかったのではないでしょうか。丁度、十字架を通して復活の命に出会うように。
 小説の最期に、主人公を良く知る女性は言います。「(主人公は)神様みたいないい子でした。」他人の前では善人ぶっている自分の内には、醜い罪がうごめいている。けれども、そんな罪深い人間は、本質的に、やっぱり神の子であり「いい子」なのです。「人間失格」は、実は「人間賛歌」ではないかと思うのです。


マリア幼稚園コーナー

子育ての支援講演会の報告

 猛暑の日々をやっと通り抜け一気に「秋」の到来。朝夕は寒いくらい、日中も本当に凌ぎやすくなって来ました。心なしか川端通の銀杏の色に変化が見え始めている様に思います。草の中からの虫の声を聞き、漸く訪れた秋に心が躍ります。さて、残暑厳しかった九日十日には、毎年恒例の講演会(今年で十回目)を行ないました。当初未就園を対象に開始しましたが、子育ての支援は在園の子ども達とその保護者、さらに小学低学年くらい迄の保護者にもお集まりいただけるように内容を変更してきました。そして子ども達自身が自分の楽しさをいかに素直に表出できるのかを軸に、保護者との関係を大切にしなければならないという視点の中、「楽しんでもらいたい」という思いで講師をお招きしました。「音で育む絆、音で育む心」と題して、末松義密氏と西谷玲子氏、そして卒園生の田代直子さんの特別参加を得ました。楽しく、しっとり、賑やかに…と礼拝堂にお集りいただいた保護者の方々、未就園の親子、在園児のみんなが、一つになって、参加型の良き時間を過ごしていただけたように思います。サイレントべイビー と言われるようになって久しいですが、子ども達が思いっきり笑う、楽しさを身体全体で表現する、楽しいからせっせと自分をアピールしながら前へ進み出る、何やら知らぬ間に鼻歌を口ずさんでいる…というような、幼い時から家庭での「音」への取り組みと人間の関わりを勧め、共に受け入れて一緒に楽しむ。一点をのみ見つめる楽しみでなく、それが有るだけで、自分もそこに居る人も巻き込んでしまう和やかな雰囲気を感じて欲しい。そして、「こんな楽しい事にあの人も寄せてあげよ!」「お母さん一緒に○○してよ」との気持がそのままヨッシーさんのトークとバイオリンやスプーンの、何でも楽器になるような楽しげな演奏になりました。さらに、玲子先生のほんわか、優しいトーン、子ども目線のトーク、更に子ども達は「バイオリン!」と答えましたが、残念賞「ビオラでした」と初めて子ども達が触れた直ちゃんの新しい音色に魅せられたのです。幼い時に思いっきり笑って欲しい、思いっきり泣いて欲しい、思いっきり怒って欲しい、そんな事を経験しながら自分自身をコントロールして人格形成へ。それに対する大人も真剣に子どもの感情表現を受け止めて欲しいとの願いです。この園にとってさまざまな形で「音」を大切にして来ています。単音からメロディーへ、そしてどんどん仲間に広がって、みんなを楽しくさせる。なんて素敵なことでしょう。こんな聖マリア幼稚園の大切な部分をよ〜〜く存じて下さっている講師の先生方に感謝し、みな様への報告とさせて頂きます。
   (ルデア 菅原さと子)


速報です!

皆様のご協力をお願いします。
こんな風に変わります。
*お預かり保育について
・今年度11月より、ほぼ毎日のお預かり保育をします。(ただし、行事の前日については適宜変更します。)
・来年度(2011年度)より、預かり保育の時間を午前8時〜8時30分までと保育後〜17時までに延長します。
・来年度(2011年度)より、長期休暇の預かり(午前中)をします。(詳細は三学期に・・・。)
☆公立小学校での三学期制復活に伴う改正があれば、当園もそれに準じる予定です。
*聖マリア幼稚園新入園児について
・満3歳児の受け入れ幅を広げます。どうぞ、ご自由にご相談ください。
*【子育ての支援】関連事業について
♪Pre-pre school
・入会対象年齢を 『満1歳半』からに変更します。(現在、満2歳〜)
・時間を9時30分〜11時30分に変更します。(現在、10時〜)
・個々の子ども達の様子に合わせて、週1〜2回の『一人登園』にします。(現在、三学期に数回。)
・週一回は『親子登園』です。
曜日は(火・木・金曜日より)保護者の方の自由選択になります。
♪二歳児の受け入れについて
二歳児の週5日の受け入れもご相談に応じます。
(2011年度4月より)


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