今週のメッセージ――主日の説教から


2004年4月25日(日)(復活節第3主日 C年) 晴れ
「 原点に戻る 」

――今日の聖句――
<シモン・ペトロが、「わたしは漁に行く」と言うと。彼らは、「わたしたちも一緒に行こう」と言った。彼らは出て行って、船に乗り込んだ。しかし、その夜は何も取れなかった。既に夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。弟子たちは、それがイエスだとは分からなかった。・・・イエスは言われた。「船の右側に網を打ちなさい、そうすれば取れるはずだ。」そこで、網を打ってみると、魚が余り多くて、もはや網を引き上げることはできなかった。>[ヨハネによる福音書 21:3−6]

 人は誰でも、その人の人生の原点とでも言うべきものを持っています。それは、その人の生き方を決定付けている根源的な経験です。これを原体験ということもあります。人生観とか世界観よりも、もっと深くその人の心の奥深くに刻印されている経験です。

 今日の聖句は、イエスが十字架にかけられて殺された後、ペテロたち7人の弟子がガリラヤ湖に戻っていたとき、甦えりのイエスに出会う出来事です。

 ペテロたちは、まだ混乱と悔恨の中にありました。イエスが十字架につけられたとき、助けることも何もできず、恐怖のために逃げ惑い、イエスを裏切ってしまったという悔恨と、師を失いこれなら何をしてよいか分からないという混乱です。

 このようなペテロたちを、イエスは、その原点に連れ戻されます。

 それは、約3年前のことです。ペテロが、イエスの弟子になったときのことです。その日、ガリラヤ湖の漁師ペテロは、徹夜の漁で一匹の魚も取れず、疲れ果て、岸に戻って、網を洗っていました。そこへ、イエスが通りかかり、もう一度沖に漕ぎ出し、網を降ろすように言われます。ペテロは、内心では無駄だと思いながらも、今一度沖に漕ぎ出し網を降ろすと、網が破れそうなるほどおびただしい魚がかかった。ペテロは、恐れおののき、イエスの足もとにひれ伏し、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深いものなのです」と叫びます。イエスは、ペテロに言われます。

 「恐れることはない。今から後、あなたは人間を取る漁師になる。」[ルカによる福音書5:10]

 これは、ペテロにとって原点となった経験でした。しかし、余りの精神的ショックと混乱の中でこの経験を忘れていました。主イエスは、そのペテロを、3年前の原点となった経験をなぞるように、今一度経験させられたのです。ペテロは、このとき、混乱から立ち上がることができました。

 わたしたちも、人生の歩みにおいて、思わぬ出来事に遭遇し、混乱に陥り、目標を見失うことも少なくありません。時には信仰を失うことさえあります。そういうとき、「今一度、あなたの原点に戻ってみなさい」という声を聞きたいと思います。

(牧師 広沢敏明)


2004年4月18日(日)(復活節第2主日 C年) 晴れ
「 トマス 」

――今日の聖句――
<それから、トマスに言われた。「あなたに指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」 トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないで信じる人は、幸いである。」>[ヨハネによる福音書 20:27−29]

 復活のイエスに真っ先に出会ったのは婦人たちでした。男の弟子たちは、婦人たちから、「わたしは主に会いました」と告げられても、その言葉を信じませんでした。そういう男の弟子たちにも、主イエスはみ姿を現されましたが、トマスは、十二弟子の中で最後に主イエスに会う者となりました。

 ヨハネによる福音書には、イエスとトマスの会話が4箇所記されています。その会話から、どのような人物像が想像できるでしょうか。

 最初は、「わたしたちも行って、一緒に死のうではないか]という言葉です。これは、エルサレム入城の直前、イエスが、イエスを暗殺しょうと待ち構えるエルサレムへ、「死んだ友人ラザロを起こしに行こう」、と言い出された時の発言です。
 次は、「主よ、どこに行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうしてその道を知ることができるでしょうか」という、最後の晩餐の後、主イエスの別れの言葉に対する発言です。
 3番目は、「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をその脇腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない」という「今日の聖句」のすぐ前にある言葉です。

 このような発言から想像できるトマスの人物像は、イエスを強く慕う熱血漢ではあるが、極めて現実的、懐疑的、合理的な考えの持ち主ではないでしょうか。多分、イエスに現実的な改革者を見ていたし、また、人間の生は死をもって終わる、と考えていたように思われます。

 そして、トマスは、もしイエスが殺されるような時が来れば、自分も潔く死のうと考えていました。しかし、いざそれが現実のものとなると、死を恐れて逃げ惑う自分の弱さを思い知らされ、深い人間不信と絶望に陥っていました。

 復活のイエスが、トマスの前に姿を現されたのは、その時でした。トマスは、イエスの十字架の傷に手で触れることによって、その傷を通して伝わって来る主イエスの無限の愛に触れ、イエスの中に永遠の命があることを知りました。このとき、トマスは、疑う者から信じる者に、絶望から希望へと変えられたのです。

 このトマスは、現代のわたしたちのことでもあります。トマスに対する「わたしを見たから信じたのか、見ないのに信じる人は、幸いである」という主イエスの祝福は、イエスを直接見ることのできない現代のわたしたちに対してこそふさわしいメッセージであります。

(牧師 広沢敏明)


2004年4月11日(日)(復活日 C年) 晴れ
「 ペテロの復活 」

――今日の聖句――
<婦人たちは、これらのことを使徒たちに話したが、使徒たちはこの話がたわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった。しかし、ペテロは立ち上がって墓へ走り、身をかがめて中をのぞくと、亜麻布しかなかったので、この出来事に驚きながら家に帰った。>[ルカによる福音書 24:10−12]

 キリスト教の根幹は復活信仰だと言われますが、復活を信じることは、確かに難しいことでもあります。それは、現代のわたしたちにとって難しいだけでなく、イエスと生活を共にした弟子たちも同じでした。

 イエスの復活を最初に信じたのは、やはりそれまでイエスと起居を共にしてきた婦人たちでした。しかし、婦人たちから「イエスの復活」を聞いたペテロを初め使徒たちは、それは、たわ言であり、くだらない話としか思えなかったのです。

 その後、復活のイエスは、弟子たちの前に姿を現されましたが、その場に居合わせなかったトマスは、「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない」[ヨハネ20:25]と言いました。

 ただ、その中で、ペテロだけが、立ち上がり墓に向かって走りだしたことに注目したいと思います。そのとき、ペテロは、イエスの復活を信じたから走りだしたのではありませんでした。ここで大切にしたいのは、ペテロが立ち上がり走りだした事実です。ペテロは、何か別の力に突き動かされて走りだしたのです。その結果、ペテロは、「空の墓」を発見します。

 「空の墓」は、ペテロにとって衝撃でした。その段階で、ペテロは、まだイエスの復活を確信したわけではなかったけれども、婦人たちが語ったことが真実かもしれないという予感に震えたのではなかったでしょうか。「空の墓」は、わたしたちの人生の最後を死が支配していると思うことは誤りであることを暗示しています。もう墓の中には価値あるものは何も残っていないのです。

 そして、間もなく、ペテロ自身、「イエスは復活された」としか考えようのない決定的な経験をします。それを、聖書は、「弟子たちが密室でイエスに会う」、という表現で表しています。そのときから、ペテロを初め弟子たちの行動が変りました。ローマ軍やユダヤ教の迫害を恐れ、隠れ逃げまどっていた弟子たちが、人前に出て堂々と主イエス・キリストのことを語り始めたのです。復活とは、このように悲しみ、恐れ、うずくまっていたものが、再び立ち上がり走りだすこと、或いは倒れているものを立ち上がらせる力を意味しているのです。

 ペテロは、何かに突き動かされたように、立ち上がり、墓に向かって走りだしましたが、そのこと自体が、ペテロにとっての復活だったのです。

(牧師 広沢敏明)


2004年4月4日(日)(復活前主日 C年)
「 自分自身のために泣け 」

――今日の聖句――
<民衆と嘆き悲しむ婦人たちが大きな群れを成して、イエスに従った。イエスは婦人たちの方を振り向いて言われた。「エルサレムの娘たち、わたしのために泣くな。むしろ、自分と自分の子供たちのために泣け。人々が、『子を産めない女、産んだことのない胎、乳を飲ませたことのない乳房は幸いだ』と言う日が来る。」>[ルカによる福音書 23:27−29]

 私共の聖公会では、今日から復活日の前日までの7日間を「聖週」といいます。この一週間、主イエスの十字架への受難の道を、毎日、ふさわしい出来事を日々記念し、祈ります。

 「今日の聖句」は、主イエスが、十字架を背負わされてゴルゴタの丘に向かわれる途中、イエスに従う婦人たちに語られる出来事です。

 主イエスは、昨夜、逮捕されてから、一睡もされず、一口の食べ物も口にしておられません。そして、大祭司の館から最高法院、ピラトの館、ヘロデの館、再びヘロデの館へと連れまわされて、尋問され、侮辱され、暴行を受けて憔悴しきっておられました。また、ヘロデの尋問のときから、口を閉ざし、沈黙を続けておられました。

 主イエスは、その長い沈黙を破って、苦しい息の中で、婦人たちに語られます。

 「エルサレムの娘たち、わたしのために泣くな、自分と自分の子供たちのために泣け。」

 イエスは、何を語ろうとされたのでしょうか。 ルカによる福音書を書いたルカは、その後、イスラエルに起こった悲劇的な出来事を知っていました。西暦70年、イスラエルはローマ軍との戦争に負け、エルサレムの都は徹底的に破壊され、逃げ遅れた人々はことごとく虐殺されました。ルカは、その出来事を思い浮かべながらこのイエスの言葉を書いたのではなかったでしょうか。

 この主イエスの言葉は、現代のわたしたちに対する言葉でもあります。わたしたちは、今、世界の各地で、泣いている女性を思い浮かべます。アフガニスタン、イラク、パレスチナ、イスラエル、・・・。世界各地に起こっている戦争やテロ、これらの悲惨な出来事を無くすためには、「自分と自分の子供たちのために泣け」、つまり、「あなたがた一人ひとりが、自分の心の中を、見つめ直すことではないか」と主イエスは言われるのです。

 先日、「NHKスペッシャル」で、「イスラエルとパレスチナの遺族たちの対話」という番組を見ました。両国のテロの応酬で親や子供を失った遺族たちが集まります。最初は、互いに泣きながら、相手をののしり合いますが、次第に、自分自身の心の中にある色々なものに気づき始め、そして、相手も自分と同じ苦しみ、同じ悲しみにもがいていることが分かってくるのです。

 「自分と自分の子供たちのために泣け」という言葉は、主イエスのこの世での最後の教えとなりました。

(牧師 広沢敏明)



メッセージ目次へ トップページへ 東京教区へ

Last Update 2004/May/04 (c)練馬聖ガブリエル教会