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★太田信三 司祭による主日の福音

★主日の福音(2018年7月15日)
「宣教者の姿《(マルコによる福音書6:7~13)
 主イエスは弟子たちを宣教に派遣し、弟子の教育は新たな段階に入ります。
 弟子たちに出された旅の条件は非常に厳しいものでした。パンやお金、衣類は最小限。履物と杖以外は持っていってはならない。舗装されていない石ころだらけの道ですから、履物は上可欠です。杖はさそりや獣などの危険から身を護るために、また長距離歩くためにも必要です。袋を持っていってはならない、とありますが、これは献金、寄付を入れる袋です。寄付が禁じられていたわけではありませんが、これを持ち歩くと、もしかしたら必要以上に溜め込んで、安心をお金で買ってしまうかも知れません。必要なものは、パンも衣類も、お金も、神が与えてくださる。このことを信じるか、ということが試されています。宣教する者は、物ではなく、神に信頼し、身軽で自由であること。ただ神の国の福音を伝えることに専念すること。それが求められています。
 では、どのように福音を伝えるかと言うと、宣教者のその姿、神に信頼している姿そのものこそがしるしとなるのです。つまり何も持たない12人の姿そのものによって、人びとは神の国の到来の福音を知るのです。神の恵みが彼らを通して表されるからです。
 この厳しい歩みは一人でできるものではありません。そのために、主イエスは弟子たちを二人組みで派遣しました。互いに励まし合い、支え合うから、わたしたちは福音を自分の姿によって人びとに知らせることができます。
★主日の福音(2018年7月22日)
「休息と供食《(マルコによる福音書6:30~44)
 今日の福音は、先週の福音でイエス様から宣教の旅に派遣された弟子たちが帰還したところからはじまります。主イエスは彼らに「人里離れた所《での休息を勧めました。旅の疲れもさることながら、食事をする暇もないほどに人が押し寄せてきていましたから、彼らには肉体的も精神的にも休みが必要でした。大勢の悩みや願いと関わるには、体力も精神的な活力も必要です。何よりも、宣教者の力の源は、神様との交わりにありますから、主イエスが山で祈られたように、弟子たちも神様との交わりの時が必要です。そのために、主イエスは人里離れた所へ行きなさい、と弟子たちに言われました。
 しかし、彼らに静かな休みはありませんでした。休息のために出掛けた人里離れたところにまで、群衆は押し寄せました。そして、その群衆を見て深く憐れまれた主イエスは、先程は休息を指示したのに、今度は「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい《と言われます。するとどうでしょう。この弟子たちによってパンと魚が配られると、「すべての人《が食べて満腹したのです。「すべての人《には弟子たちも含まれます。12のかごに溢れたパンと魚は、12人の弟子たちすべてが肉体的にも精神的にも満たされたことを思わせます。すべての人を満たしたのは、主イエスの深い憐れみと、弟子たちの手を通して溢れ出たイエス様の祝福です。
 食事をする暇もなく、静かに休むこともできなかった弟子たちでしたが、こうして主イエスが指示した人里離れたところで、皆で食事をし、肉体的にも霊的にも満たされました。
★主日の福音(履歴)
→ 2018年4月8日
→ 2018年4月15日
→ 2018年4月22日
→ 2018年4月29日
→ 2018年5月6日
→ 2018年5月13日
→ 2018年5月20日
→ 2018年5月27日
→ 2018年6月3日
→ 2018年6月10日
→ 2018年6月17日
→ 2018年6月24日
→ 2018年7月1日
→ 2018年7月8日
→ 2018年7月15日
→ 2018年7月22日



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