赤いらくだ                 主教 ステパノ 高地 敬


 昨年、ミャンマーに行った時のこと。と言っても訪問や研修の話ではなくて、バンコックの巨大な空港でのこと。待合室のトイレの男女の表示が分かりにくくて、もう少しのところで間違えるところでした。
 見ていると、人種によらずトイレに入る人の三人に一人は間違って入っていきます。同行した神学生の誰かも間違えて入っていきました。その上、男性は気がついてあわてて出てくるのですが、女性は間違っても悠然と出てきます。表示を確かめた上で間違って入る人もいれば、間違っていないのに出てきてもう一度確認する人もいます。そのトイレの表示は、入り口の脇の壁に英語の文字に添えて小さく絵が描いてありました。ただ、両方とも黒色で、女性の絵のスカートもほんの少し広がっているだけなので、とても分かりにくいのです。日本でも分かりにくいことがありますが、たいてい男性用は青や黒で、女性用が赤なのですぐに分かり、急いでいる時には助かります。
 助かるのですが、ちょっと待てよ。この色の違いは誰が決めたんだ。女性はスカートと誰が決めたんだ。ミャンマーでは男性もスカートみたいなのをはいているぞ。
 どうも私たちはたくさんの決め付けや思い込みの中で生きているようです。そして、そこから少しでも外れたことに出くわすと、あわてたり、戸惑ったり、怒ったりするようです。そんなところから少しでも自由になることができないでしょうか。イエス様はいろいろな決め付けから自由でした。だからこそ、こんな私たちにもお恵みがあるのでした。
 トイレが分かりにくい時は何度も確認すればいいのにと人のことを笑っていましたが、ヤンゴンの空港で今度は私が間違って入ってしまいました。


(教区主教)