2008年2月10日  大斎節第1主日 (A年)

 

司祭 テモテ 宮嶋 眞

「今は、大斎節(たいさいせつ)です」

 2月6日(水)より、教会は「大斎節【カトリック教会では「四旬節(しじゅんせつ)」という】」が始まります。英語ではレントといいます。春に日が長くなるロングから来た言葉で、本来は春という意味でした。
 太陰暦で定めるために毎年その日が移動しますが、今年は2月6日の灰の水曜日(アッシュ・ウェンズデイ)から3月23日の復活日(イースター)にいたる、日曜日を除く40日間のことです。その間にある6回の日曜日はイエス・キリストが復活された日ということで、大斎節からは除きます。
 40日間というのは、イエス・キリストの時代より1000年以上前に、イスラエルの人々が、奴隷であったエジプトから脱出し、荒野をさまよって苦労をし、ついに豊かな土地イスラエルを見いだすのにかかった時間「40年」の40に通じるものです。苦しみを象徴する数字です。
 イエス・キリストは、ご自分の救い主としての歩みを始める前に、断食をされ、「死」をかけて、神に従うという祈りの体験をされたようです。
 本日の聖書の冒頭に「イエスは悪魔から誘惑を受けるため、W霊Wに導かれて荒れ野に行かれた。」と書かれています。本当なら避けたいはずの悪魔の誘惑を、自ら進んで受けるということは、余りないことです。しかも「霊」に導かれたとありますから、神の力に導かれたのです。神の子として、救い主の働きをなす前に、喜んでこの試練を受けられたのではないかと思われます。
 「試練」と「誘惑」ということが出てきました。イエス・キリストが悪魔から呼びかけられて、石をパンに変えること(物質的な欲求を乗り越えること)、高い神殿の屋根から飛び降りること(自分の救いのみを求めること)、全世界を与えようとされること(すべての権力や富をもつこと)のうち、一つでもそれに引っかかっていたら、イエス・キリストは悪魔の誘惑に陥ったことになります。これらに打ち勝ったとき、イエス・キリストは試練に打ち勝ったということになります。一つのできごとが「試練」にも「誘惑」にもなるのです。「試惑(しわく)」と表現してもよいのではないでしょうか。
 荒野に出て行き、積極的に自分の身を「試惑」にさらしながら、神さまに従う道、人々に仕える道を選びとることを決意していかれるのです。「大斎節」はそのようなイエス・キリストの歩みを仰ぎ見ながら、私たち自身も、神に従い、仲間、特に苦しむ仲間とともに歩むことを決意していくときではないかと思います。