池  袋  聖  公  会  伝  道  所
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ようこそ、池袋聖公会伝道所へ
  牧 師  司祭  ステパノ  卓 志雄
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イエス様は「疲れた者、重荷を負うものは、だれでもわたしの
もとに来なさい。休ませてあげよう。」と言われました。                    
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一人で背負いきれない重荷は「共に」担い合いたいと思います。 
そして、苦しい時にはイエス様のもとで休みましょう。「共に」
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「わたし・・・わたしたち変わります。」
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 弟子たちはイエスが苦難を受け十字架の上で死なれた時、ローマ帝国とユダヤ人が怖くて逃げてしまっ
た。そして部屋の中に隠れてすべてのドアを閉めて悲しんだ。イエスの弟子たちさえも復活がどのような出
来事であったかを理解することができなかった。・・・・聖書が語っている「復活」は、死んだ者が生き返ると
いう意味よりは、むしろ再び立ち上がる、立ち上がらせるという意味がより正確であろう。・・・・・そして「地 
域の人々(となり人)に仕えること」を通して、わたしたちの間におられる主の恵みを分かち合うことを目指
す営みである。」・・・・。
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こちら」をクリックしてご一読下さい。復活日を祝う皆さんの様子もご覧いただけます。(2018-4-17)
             
私たちが腕と手になる        
                         牧師 司祭 ステパノ  卓 志雄
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 わたしたちは飛び込んだ。「安定的な礼拝を行い、祈りを捧げる」ために。また「地 
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域の人々(となり人)に使える」ために。3教会が新しい共同体として一つになって出
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発しようとしている。・・・・
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そしてわたしたちの営みは「サバイバル(survival:生きること、生存、残存)のため営
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みではない。「リバイバル(revaival:再生、復興)のため、すなわち、信仰の原点へ戻
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るため、信仰の復興のための営みである。・・・・ 詳しくは「こちらからご一読下さい
......................................................................................................................................... (2019-1-14)
             
東京大空襲を体験して あの哀しみを繰り返さないために
 去る2017年8月15日に池袋聖公会で第41回敗戦記念日
祈祷集会が開催されました。礼拝に続いて記念講演が行われ 
ました。この講演の内容をもう一度振り返えってみたい、講演
記録を読みたいとの要望が出ました。そこでここに掲載するこ
とにしました。
講演者として戦災体験者であり、戦争の悲惨さを今なお語り
続け、平和憲法を守らなくてはいけないと活動を続けている
亀谷 敏子氏をお招きしました。
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「今なお、哀しみ、苦しみの中におられます亀谷敏子さんの
上に神様のお守りが豊かにありますようにお祈りいたします」
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講演の様子は「ここを」クリックしてご覧ください。


             
「聖 公 会 が 好 き!」
                                  .牧師 司祭 ステパノ  卓 志雄
 英国の宗教改革の経験を通して「わたしは間違っているかもしれない。」「あなたが正しいかもし
れない。」「しかし真理はわたしの所有物だはない。」「絶対心理の持ち主である神が示してくださ
った道を共に歩もう。」という人間の不完全さをもっている群れだと聖公会は自らを定義しています。
むしろ・・・.
「こちら」をクリックしてご一読ください (2018-5-30)
             
 今回は夏季特集として、共に礼拝をお捧げして、共に活動をしている「近隣教会の皆さんから
 の声」をお届けします。
「私 の い ま」
                                 東京聖マルチン教会  竹腰 博子
 3月25日、マルチン教会での最後の礼拝。4月1日のイースターは3教会合同で練馬ガブリエル
で行われ、いよいよ新しい出発となった。それから二ヶ月経ったが、私の気持ちは、暗闇の中に迷
い込んだように動けなくなっている。
すでに新しい教会設立のためのエネルギーは眩ゆいばかりに動き出しているというのに・・・。取り
残されているように動けない。混乱している。予想以上にロス感も強い。昨年のマルチン教会最後
のクリスマスイブ礼拝のあたりから私の気持ちは落ち着かない。
私の信仰そのものであったマルチン教会がなくなるなんてどういう事なのだろう。洗礼、堅信、故人
になられた方も含め、ここで出会った全ての人々と交わり、出来事、毎主日の礼拝、全てが今の私
の信仰を育んでくれた。毎夜毎夜それが次々浮かんでくる。
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ここ2、3年みんなで必死に礼拝を守ってきた。不思議な事だが、そうなればなる程にあの素朴な
礼拝堂が神の賛美で満たされる礼拝になっていくのを、神とみんなが一つにされていく礼拝を体
験出来た。私が今、胸の中で最も大切にしている感覚である。少人数だから出来たのだろうか・・。
私達は徳丸以外の新しい地で新しい教会をつくることを選択した。
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今、私は立ち止まっている。フッと立ち留まっている。改めて過去と未来をみつめる。長かったマ
ルチン教会生活を振り返る。一方これから先、新しく生まれる教会の途方もなく多くの課程と時間。
日々の肉体の衰えを感じる今日此頃の事を考え合わせると目まいがしそうである。残された時
間、今年喜寿をむかえる私に出来る箏は・・・。静かに見守ることだろうか・・・。
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教会を閉じる時の祈りがあるという。教会と係りのあったすべての人々との最後の礼拝が約束
されている。その時、マルチンの建物と、全ての人々に万感の思いを込めて感謝をお献げしたい。
私のけじめである。その時、私はマルチン教会を離れ、新たな一歩を踏み出せる。(2018-8-17)
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カナダからの便り
................................................................................................. 東京聖マルチン教会  太田 道子
 この3月からカナダはカルガリーでの生活がはじまりました。カルガリーといえば、1988年の
冬季オリンピックが開かれた地として有名で、それくらいしかみなさん思い浮かばないのではな
いでしょうか(私もそうでした)・・・・・。  この続きはこちら」からご一読下さい 。(2018-8-17)


            東京聖マルチン教会 2018年教会報「竪琴」第173号より
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