月報巻頭言

11      桂にいます神様(2000.11)
昔、まだ私が小学生だった頃、信号が青になったことでも神に感謝していた。生活の一瞬一瞬が神様の出来事のように感じた。今はどうだろうか。遅刻しそうになっている時、うまい具合に電車が来たら、そこに神様の働きを感じたりする。遅刻しないように出かけようとは思わないところがずうずうしいのだけれども。
 しかし、すこし以前と感じ方が違う。何が違うのだろうか。それは神様の働きは一様ではないということを意識していることかもしれない。私が体験したことをもって全ての人に当てはめることも出来ないし、他の人が体験したことが私の体験になる必要もない。不思議な神様体験は個別的だ。一般化することなど出来ないし、それをするところには神様はいない。どこでもない私が住む桂の尻堀町に神様がいる。私の神様体験は不思議な、人との出会いだ。今日話した人からまた新しい話しが聞けた。また少しその人を深く知れた。同じ話でも違った印象を受けた。そんなことが不思議とうれしい。 一年前に出来なかった神様の話しや、教会の話しがある人と出来る。これも不思議だ。神様の時間の中で過ごしている感覚。すべては神様のはからいの中で流れている。だからあきらめることもないし、ただ自分に与えられているものを差し出せばいいのだと思う。しかし決して不公正な現実を神様のせいにすることなく。桂にいます神様は今日も不思議な一日を用意された。明日もきっと。

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Last updated: 2002/2/17

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