先日、礼拝セミナーに参加して、あらためて聖餐式を共に行うことの意味をかみしめました。私達の教会の宣教目標である「祈り・奉仕・交わり」は聖餐式を共に行うことに集約されます。聖餐式はけして受け身の行為ではなく、イエス・キリストの自己奉献運動に参加することであるので、それは極めて”共に行う”という性格のものなのです。実はこの聖餐式(感謝と賛美の祭り)を共に行うことがステパノ教会の目指すところでもあります。聖餐式の中では参加者全員が主役です。
共に行うことの一つに歌うと言う行為があります。歌は気分の高揚を誘うだけではなく、歌う人々を一つにし、言葉の一つ一つの意味を2倍かみしめることが出来ると言います。
神様への感謝、賛美は具体的な時と場所、あるいは人とのふれあいの中から生まれます。神様を賛美する為の歌が昔からある歌でも、新しく作られた歌でも、それはその場のコンテキスト(状況・文脈)の中で新しく歌われる必要があります。つまりいいかえると神様への感謝と賛美はつねに新しい状況の中で新しく私達に迫ってくることがらだからです。
新しく歌を歌いましょう。昔からある歌を新しい気持ちで歌うのもいいし、新しく作った歌を歌うのもいいですね。「新しい歌を主に向かって歌え」(詩編第149編1節)。「踊りをささげてみ名を賛美し太鼓や竪琴を奏でてほめうたえ」(3節)。「主はご自分の民を喜び、貧しい人を救いの輝きで装われる」(4節)。神様に向かう感謝・賛美の歌声は、この世界で苦難の内にあるすべての人々の間に鳴り響きます、今も昔もこれからも。そして感謝・賛美の歌声は分裂の中にある者達を結び合わせるでしょう。
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