聖路加国際大学 聖ルカ礼拝堂

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2026年2月18日(大斎始日)(2026/02/27)

「 シンデレラ 」

シンデレラ(Cinderella)という童話があります。継母と義姉に虐げられる少女シンデレラが、蔑まれた日常の苦労や屈辱の中でも忍耐と善行によって魔法を得て、素敵な王子様と結婚し幸せになるという物語です。類似な物語は世界中に多く存在しますが、シンデレラの起源は紀元前1世紀のギリシャ時代までさかのぼります。広く世に知られている物語として今は映画・オペラ・バレエ・アニメなど様々なジャンルで脚色された二次作品までも制作されています。ところが、シンデレラにあだ名があったことをご存じでしょうか。シンデレラは一日の仕事が終わりますと暖炉の側にある灰の上に座って一休みをしていました。それでいつも尻に灰が付いてしたのでキュサンドロン(Cucendron;「灰だらけの尻」という意味)、またはサンドリオン(Cendrillon;「灰まみれ」という意味)と呼ばれました。それで、フランス語では『サンドリヨン(Cendrillon)』、日本語では『灰かぶり姫』・『灰かぶり』という本のタイトルが付きました。因みにシンデレラ(Cinderella)のcinder、サンドリヨン(Cendrillon)のcendreはいずれも灰や燃え殻を意味します。

いくつかのバージョンの中、シンデレラに「灰だらけの尻」・「灰まみれ」というあだ名がついたのはただの偶然ではなく、作者たちの計算された意図があったのではないかと推測いたします。シンデレラのお尻についた灰は、シンデレラを王子様と結婚した少女の成功物語だけにとどまらせず、読者に特別な意味をもたらす素材として用いられたのです。宗教人類学において灰は、私たちを究極的な価値だと言える真理や救いへと導く人生の助演としての役割を果たします。宗教や文化の違いを超えて、灰は燃え尽きたものの残余でありながら、浄化されたものとして新しい生命を養う肥料となる存在でもあるため、死と再生、喪失と希望、苦難と幸福、闇と光という両極を同時に抱えた象徴として扱われてきました。つまり、死・浄化・変容・再生・循環といった根源的な象徴を帯びているのです。シンデレラのお尻についた灰も、彼女の苦しい日常をただ描写するだけでなく、低いところに置かれて蔑まれ虐げられた者がそこから立ち上がり、新しく再生した者として変容を成し遂げた、ということを象徴するのです。

灰をモチーフとして読むシンデレラの物語は、キリスト教の精神と相通じる部分があります。キリスト教の源流であるユダヤ教では、灰をかぶったり灰の上に座ったりすることで悲しみや悔い改めを表し神様の慈しみを求めるしるし(ダニエル書9:3-4、エステル記4:3、ヨブ記42:6、ヨナ書3:6)としてきました。まさにシンデレラになることなのですが、その精神を受け継ぐキリスト教では年に一度、灰を礼拝の中心的な要素とする伝統が守られています。復活日(Easter)を準備するため40日間の大斎節(Lent)が設けられますが、その大斎始日は礼拝で灰が積極的に用いられるので別名で「灰の水曜日(Ash Wednesday)」と呼ばれます。礼拝の中、司式者は信徒の額に指につけた灰で十字架を記しながら“あなたは塵であって、塵に帰る者であることを憶えなさい。罪を離れ、キリストに忠実に歩みなさい。”と言います。つまり、人間は「土から取られ、…塵であるから塵に帰る」(創世記3:19)存在であることを灰の十字架を額にもらいながら再確認し、その後続く大斎節を省察・祈り・節制・施しの期間として謙虚に過ごします。そして40日後、復活するキリスト共に、まるでシンデレラのように生まれ変わった者として復活するようになるのです。

大斎節は英語でレント(Lent)と言いますが、レントは元々ゲルマン語で春を意味する言葉に由来します。そのように大斎節は春に迎える復活と掛け離しては考えられない事柄であるため、決して悲しみや苦難の時だけではありません。悲しみの中には喜びが潜んで、冬のような苦難の中からは春が芽生えてくるのです。灰もただの燃え殻だけでなく光を生み出すものです。私たちが額にもらう灰の十字架も、今日のシンデレラである私たちを復活へと導く光の十字架だと言えます。黒く輝いているその十字架が一人ひとりの大斎節の糧となりますようにお祈りいたします。


<福音書> マタイによる福音書 6:1‐6、16‐21

1「見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい。さもないと、あなたがたの天の父のもとで報いをいただけないことになる。
2だから、あなたは施しをするときには、偽善者たちが人からほめられようと会堂や街角でするように、自分の前でラッパを吹き鳴らしてはならない。はっきりあなたがたに言っておく。彼らは既に報いを受けている。 3施しをするときは、右の手のすることを左の手に知らせてはならない。 4あなたの施しを人目につかせないためである。そうすれば、隠れたことを見ておられる父が、あなたに報いてくださる。」
5「祈るときにも、あなたがたは偽善者のようであってはならない。偽善者たちは、人に見てもらおうと、会堂や大通りの角に立って祈りたがる。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。 6だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。

16「断食するときには、あなたがたは偽善者のように沈んだ顔つきをしてはならない。偽善者は、断食しているのを人に見てもらおうと、顔を見苦しくする。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。 17あなたは、断食するとき、頭に油をつけ、顔を洗いなさい。 18それは、あなたの断食が人に気づかれず、隠れたところにおられるあなたの父に見ていただくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。」
19「あなたがたは地上に富を積んではならない。そこでは、虫が食ったり、さび付いたりするし、また、盗人が忍び込んで盗み出したりする。 20富は、天に積みなさい。そこでは、虫が食うことも、さび付くこともなく、また、盗人が忍び込むことも盗み出すこともない。 21あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。」


      

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