「 父の名前で 」
『父の祈りを』という映画があります。1993年に制作されてベルリン国際映画祭の最優秀作品賞である金熊賞を受賞したイギリスの映画です。元のタイトルは『父の名前で(In The Name Of The Father)』ですが、1974にロンドンで起きた冤罪事件として「ギルフォード・フォー事件」と呼ばれる衝撃の実話に基づき、いわれなき罪に問われた父と息子が主人公として登場します。映画にはアイランドの宗教や民族紛争を背景に、イギリス大衆のアイルランド人差別といった権力と人間の醜態が赤裸々に暴露されます。そのような状況に中、何の希望も持っていなかった息子は、アイランド人だという理由だけでギルフォードで起こった爆破テロ事件の容疑者として逮捕され、父も共犯者として連行されてしまいます。ところが、無実を証明し自由を取り戻すために静かなる闘いに魂を投じる父の姿を通して、息子は父との強い絆と生きることの真剣さに目覚めていきます。この映画はタイトルが示しているように、子に対する父の普遍なる愛の偉大さが感動的につづられていく秀作として、見る人に父とはどういう存在なのか、また父という名前が持つ偉大さなどについて考えさせられます。
父の名前というのはキリスト教ともゆかりの深い表現です。名前というが存在のアイデンティティを表すものであるように、キリスト教において父なる神様の名前は神様そのものを意味します。それゆえキリストは、ご自身を通して神様の御名が聖とされることを願い(マタイ6:9、「主の祈り」)、また御名を通して父なる神様にお願いすることもありました。今日の福音書がその例ですが、キリストは亡くなる前に世に残される弟子たちのために「告別の祈り」を捧げたのですが、その中で「聖なる父よ、…御名によって彼らを守ってください。」(11節)というふうに、父なる神様の名前によって弟子たちが守られることを願いました。
ここで少し不思議に思われる部分があります。それは直接神様の名前を用いることをせず、なぜ「御名によって」とか「父の名前で」という表現を使ったのかということです。それには歴史的な背景がありますが、ユダヤ教では古くから神様の名前を口にすることが禁じられていたからです。究極的で永遠なる存在である神様のことを有限なる存在である人間が口にすることはあってはならないと認識とされていました。それゆえ神様の名前を聖書に YHWHという四つの文字で記録はしましたけれども、それを敢えて口にすることはしなくて、その代わりに我が主という意味のアドナイと呼んだのです。その結果、子音だけの表記であるYHWHをどう読むのかを忘れてしまった後世代の人たちは、色々な研究を通してヤハウェ・ヤ-ウェ・エホバなどと呼ぶようになったのです。
神様の名前として表記されたYHWHには意味があります。旧約聖書の出エジプト記3章14節によりますと、御名を求めるモーセに神様はご自身のことを「私はいるというものだ(I AM WHAT I AM)」と語られます。つまり、YHWHという父なる神様の名前は「いるというもの」であり、キリストはその御名の力で弟子たちを守ってくださるように、最後の「告別の祈り」で父なる神様に祈ったのです。
では「いるというもの」という名前は何を意味するのでしょうか。他の言葉で言い換えてみれば、それは「存在するもの」とも言えます。つまり神様はその名前自体が、過去も存在し・今も存在し・これからも存在する、すなわち永遠なる存在ということを意味するのです。神様は時空を超えている存在として、いつでもどこでも私たちと共におられます。嬉しいときにも悲しいときにも共におられる方、つまり私たちが苦難の中にいるときには共に苦しんでくださり、喜んでいるときには共に喜んでくださる方、そういう存在が私たちの父なる神様なのです。しかも、そのようにいつどこにでも私たちと共におられる父なる神様は、今の私たちだけではなく、過去の私たちの先祖とも、また未来の私たちの子孫とも永遠に共におられる方なのです。それが私たち一人一人の神様なのです。
<福音書> ヨハネによる福音書 17章1~11節
1イエスはこれらのことを話してから、天を仰いで言われた。「父よ、時が来ました。あなたの子があなたの栄光を現すようになるために、子に栄光を与えてください。 2あなたは子にすべての人を支配する権能をお与えになりました。そのために、子はあなたからゆだねられた人すべてに、永遠の命を与えることができるのです。 3永遠の命とは、唯一のまことの神であられるあなたと、あなたのお遣わしになったイエス・キリストを知ることです。 4わたしは、行うようにとあなたが与えてくださった業を成し遂げて、地上であなたの栄光を現しました。 5父よ、今、御前でわたしに栄光を与えてください。世界が造られる前に、わたしがみもとで持っていたあの栄光を。
6世から選び出してわたしに与えてくださった人々に、わたしは御名を現しました。彼らはあなたのものでしたが、あなたはわたしに与えてくださいました。彼らは、御言葉を守りました。 7わたしに与えてくださったものはみな、あなたからのものであることを、今、彼らは知っています。 8なぜなら、わたしはあなたから受けた言葉を彼らに伝え、彼らはそれを受け入れて、わたしがみもとから出て来たことを本当に知り、あなたがわたしをお遣わしになったことを信じたからです。 9彼らのためにお願いします。世のためではなく、わたしに与えてくださった人々のためにお願いします。彼らはあなたのものだからです。 10わたしのものはすべてあなたのもの、あなたのものはわたしのものです。わたしは彼らによって栄光を受けました。 11わたしは、もはや世にはいません。彼らは世に残りますが、わたしはみもとに参ります。聖なる父よ、わたしに与えてくださった御名によって彼らを守ってください。わたしたちのように、彼らも一つとなるためです。






