聖路加国際大学 聖ルカ礼拝堂

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2026年5月24日(聖霊降臨日)(2026/06/23)

「風水思想」

風水についてどのようなイメージを持っているのでしょうか。今は占いのように運気アップのためのインテリア術として知られていますが、本来風水は東洋文化圏に古くからある思想として一種の自然観・世界観なのです。東洋の先人たちは、宇宙全体に充満されているエネルギーのことを気という言葉で表現し、その気は天だけではなく地の中にも人の中にも流れている、その気によって天と地と人はつながっていると理解していました。目には見えないが確かにある気によって天地人は相互につながって影響し合っているというのが東洋的自然観・世界観の基本的な理解なのです。そのような理解に基づいて、ことに地の中に流れている気のことを研究し、地の上に設けられる都市や建物、また墓などの吉凶禍福を計るために用いられたのが風水思想だったのです。気は風によって散り、水に会うと流れが止まって溜まるという理解から風水という言葉になったようですが、その風水理論によりますと、気の流れや集まり具合によって幸いをもたらす良い地になることも災いをもたらす悪い地になることもあるというのです。

風水において宇宙に充満し天地人の中に流れている気、ことに人間の中にある気のことを用いてキリスト教で言う聖霊についての理解を得ることができます。聖霊は、聖書の中に直接的には約250回以上使われ、間接的にも生命、能力、真理、自由などの言葉とつながりを持って表現されています。すなわち聖書の良い言語は全て聖霊と関連があると言っても過言ではないほど、聖霊はキリスト教の核心になる概念です。ところが、聖霊は目には見えないけれども確かにある風のように神秘的な存在であるがゆえに最も理解し難い概念でもあります。聖霊は原語ではヘブライ語ではルアッハ(רוח)、ギリシャ語ではプニュウマ(πνευμα)と言い、その意味は風や息なのですが、日本語訳に最も近い言葉は生きている気、つまり生気だと言えます。聖書から見ますと、聖霊は神様が人間をお造りになって命を与えるために鼻に吹き込まれた息(創世記2:7)、また復活なさったキリストが弟子たちの真ん中に現れて彼らを新たに生かせるために与えた息(ヨハネ福音書20:19-22)と同じものです。命を持っている生き物の息が止まって気を無くすと死ぬように、私たちにとって聖霊は命そのものを意味します。

では、命を本質としている聖霊は、私たちと関わっている実質的な側面においてはどのような存在なのでしょうか。一言で聖霊は私たちを「手助けする存在」だと言えます。キリストもヨハネ福音書(14:16)で聖霊のことを弁護者だと言われましたが、その弁護者というのは「側で助ける」ということを意味する言葉です。法廷上で弁護人が依頼人を弁護して手助けするように、私たちを助けることが聖霊の主な役割です。聖霊は常に側で、また中で、私たちと共にいながら、私たちの力になってくださっています。その方は天地創造以後、特にキリストが亡くなられた2千年前から今日に至るまで私たちを手助けになってくださり、今後も永遠に助けてくださる存在です。変動の多い時代の中、求めるべき真理とは何かについて識別できるように、いただいた真理に基づいてよりよい人生を送ることができるように助けてくださるのです。それゆえ、真理の霊・悟りの霊と言われています。

聖霊は神秘的な存在であるがゆえに頭では理解し難いですが、心を通してはいつどこにても感じられ、共におられることを確認することができます。窓を開けて風を感じることや目と閉じて深呼吸をするだけでも、私たちはまるで風にそよぐ草木のように目には見えないが確かに存在する聖霊を感じ、助けてもらいながら生きることができます。それが有限な存在である私たちに与えられている祝福です。聖霊降臨日を迎えましたのでしばらく立ち止まって、今までの自分の旅路を省み、命の根幹である聖霊のことを感じながら導きを求めてみるのはいかがでしょうか。                                                        


<福音書> ヨハネによる福音書 20章19~23節

19その日(ひ)、すなわち週(しゅう)の初(はじ)めの日(ひ)の夕(ゆう)方(がた)、弟(で)子(し)たちは、ユダヤ人(じん)を恐(おそ)れて、自(じ)分(ぶん)たちのいる家(いえ)の戸(と)にはみな鍵(かぎ)をかけていた。そこへ、イエスが来(き)て真(ま)ん中(なか)に立(た)ち、「あなたがたに平(へい)和(わ)があるように」と言(い)われた。20そう言(い)って、手(て)と脇(わき)腹(ばら)とをお見(み)せになった。弟(で)子(し)たちは、主(しゅ)を見(み)て喜(よろこ)んだ。21イエスは重(かさ)ねて言(い)われた。「あなたがたに平(へい)和(わ)があるように。父(ちち)が私(わたし)をお遣(つか)わしになったように、私(わたし)もあなたがたを遣(つか)わす。」22そう言(い)ってから、彼(かれ)らに息(いき)を吹(ふ)きかけて言(い)われた。「聖(せい)霊(れい)を受(う)けなさい。23誰(だれ)の罪(つみ)でも、あなたがたが赦(ゆる)せば、その罪(つみ)は赦(ゆる)される。誰(だれ)の罪(つみ)でも、あなたがたが赦(ゆる)さなければ、赦(ゆる)されないまま残(のこ)る。」

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