「聖なるスペース」
聖書には物理法則が通じない話がいくつもあります。キリストとペトロが水の上を歩いたという話は代表的なものです。人間が水の上を歩くためには、秒速30mの高速の足動作で水面を叩き、浮力と抗力を調整する必要があるので、科学的な観点から見ればそれはあり得ない話です。しかしながら聖書は科学的に証明できる事実ではなく、真実や真理を伝えるために書かれた書物なので、キリストとペトロが水の上を歩かれたことが本当かどうかを問うことには何の意味もありません。むしろ、その物語が今日の私たちに何を伝えようとしているのかを求める必要があります。そのような観点で、私は最初水の上を歩いたのに後で沈んでしまったペトロに注目します。
福音書によりますと、水の上を歩けるようにしてほしいと願い出たペトロは、キリストからの「来なさい」(29)という言葉に従って、最初はキリストの方へと進みました。しかし、歩み出せたので安心して気が緩んだでしょうか、すぐ身の回りを包み込む「風を見て怖くなり、沈みかけて」(30)しまいました。彼が沈んだ直接的な原因は風ですが、それより主な理由は強い風に反応して恐怖を感じてしまったことにあると考えられます。人間は感情の動物ですが、私たちが感じる感情の殆どは外部からの刺激によるものです。喜びや嬉しさはもちろんのこと、悲しさ、寂しさ、劣等感、またペトロが感じた恐れというのも、外部に対する心の反応だと言えます。つまり、感情というのは元々内部にあるものでも外部から来るものでもなく、内部の心と外部の刺激が会うところで生じるものなのです。
世界的なベストセラー『夜と霧(Man's Search For Meaning: An Introduction to Logotherapy)』で知られている精神科医で心理学者のヴィクトール・フランクル(Dr.Viktor E. Frankl、1905-1997)は“刺激と反応の間には、スペースが存在する。このスペースには、自分の反応を選択する力が存在する。私たちの成長と自由は、私たちが選ぶ反応にかかっているのだ。”という言葉を残しました。彼は1944年10月にナチス・ドイツのアウシュビッツ収容所に送られ死の淵を経験しました。その恐怖体験の中で、外部からの刺激に対する反応は、人によって違っていて変えられるということを発見しました。多くの人々は刺激に対して自動的に反応する傾向があります。まるで初期設定の通りに起動するパソコンのように、自動的に決まった意識や態度を取るなどの反応を示します。例えば、誰かに挨拶したにも拘らずその人が気づかずにそのまま通り過ぎると、すぐさま‘無視された。’とか‘自分は価値のない存在なんだ。’という思いが浮かんでくることもあります。このように外部からの出来事にすぐ反応する、しかも否定的な反応が自動的に表され続きますと、自己存在を始め人々との関係にも悪影響がもたらされます。
ところがヴィクトール・フランクルによりますと、人間は誰であれ外部からの刺激に対する反応を自ら選択する力を持っています。そしてどのような反応を選ぶかによって、人生における成長と自由な生き方が決まるのですが、良い反応を選ぶ秘訣は内なるスペースを作ることだそうです。つまり刺激に対してすぐ反応するのではなく、その瞬間の自分の状態に気づくための間を置く、自分の心と体がどう反応しようとしているかについて自覚するためのスペースを置く、ということです。ペトロの場合は、内なるスペースを置くことができなかったのではないか、それゆえ外からの刺激として強い風にすぐ反応して怖くなり、水に沈みかけてしまったのではないかと推察いたします。
古代ギリシアの哲学者エピクテトス(Epictetus、50?-135?)が“私自身が同意しない限り、誰であれ私を傷つくことや非難することはできない。”という言葉を残したように、私たちは外部からの刺激に対する反応に支配されず、むしろそれを選択する力を持っています。それは神様から与えられた尊い力なのです。瞬間瞬間の自分のあり様について自覚していくことによって、何にも引っ掛かることなく、世の荒波に溺れることなく、自由に生きる一人ひとりになりますようにお祈りいたします。
<福音書> マタイによる福音書 14章22~33節
22それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸へ先に行かせ、その間に群衆を解散させられた。 23群衆を解散させてから、祈るためにひとり山にお登りになった。夕方になっても、ただひとりそこにおられた。 24ところが、舟は既に陸から何スタディオンか離れており、逆風のために波に悩まされていた。 25夜が明けるころ、イエスは湖の上を歩いて弟子たちのところに行かれた。 26弟子たちは、イエスが湖上を歩いておられるのを見て、「幽霊だ」と言っておびえ、恐怖のあまり叫び声をあげた。 27イエスはすぐ彼らに話しかけられた。「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」 28すると、ペトロが答えた。「主よ、あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください。」 29イエスが「来なさい」と言われたので、ペトロは舟から降りて水の上を歩き、イエスの方へ進んだ。 30しかし、強い風に気がついて怖くなり、沈みかけたので、「主よ、助けてください」と叫んだ。 31イエスはすぐに手を伸ばして捕まえ、「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」と言われた。 32そして、二人が舟に乗り込むと、風は静まった。 33舟の中にいた人たちは、「本当に、あなたは神の子です」と言ってイエスを拝んだ。






