「理念の理念」
元々は哲学用語として社会学や人文学全般において広く用いられましたが、今は企業や経営などビジネス用語としての認識が強い「理念」という言葉あります。例えば、企業の創業理念や経営理念などがそれです。理念とは、個人、または教会などの共同体や会社などの団体が持つ根本的な信念や価値観のことを指し、その理念に基づいて目指す目標や指針などが決まります。つまり理念とは、人や組織が何を大切にし、どのような方向へと進むべきかを示す基盤となる考え方です。
利益を上げることが目的であるにも拘らずユニークな経営理念を掲げている会社があります。日本国内で圧倒的なシェアを誇り、海外でも評価の高い育児用品メーカーのピジョン(Pigeon Corporation)株式会社です。1949年創業以来、哺乳瓶のトップブランドとして名高いのですが、そのピジョンの経営理念はなんと「愛」なのです。会社のキャッチコピーは「愛をカタチにする」ということで、「愛を産むものは愛のみ」という言葉を社訓としているのですが、この言葉の真意をすべての社員が自分の言葉で説明できるようにするそうです。私はピジョンが「愛」を経営理念とし、「愛をカタチにする」という言葉を会社のキャッチコピーにしているなどの記事を見て驚きました。哺乳瓶などの育児用品を作って販売する会社だからこそ、単純にお母さんと赤ちゃんへの愛を語ったのだと思うこともできますが、それ以前に、ピジョンは歴史以来に人類が求めてきた最も普遍的な価値として「愛」のことをうまく掴んで、それを企業の理念にした、とても賢い会社だと思います。
宗教や思想、人種や文化を超えてすべての健全な理念の根底には愛があります。人類にとって最も大切なのは何かを突き詰めていくと、そこには愛があるのです。そういった意味で、愛こそが人類の最大の理念、理念の理念となる理念だと言えます。今日の福音書を通してもそれについての理解を得ることができます。律法学者たちから「最も重要な戒め」(36)とは何かと尋ねられた時、キリストはそれを「愛」だと答えました。つまり最も重要な第一の戒めとして「心を尽くして、魂を尽くして、思いを尽くして、あなたの神である主を愛する」(38)ことを、そしてそれと同じように重要な第二の戒めとして「隣人を自分のように愛する」(39)ということを挙げられました。そしてその愛に聖書のすべてのみ言葉は集約されていると語ることを通して、愛こそがキリスト教信仰を総括する理念中の理念だという教えを残してくださったのです。
では、そもそも愛とは何でしょうか。言うまでもないことですが、愛は恋とは異なります。愛は恋を包み込む幅広い概念であって、恐らく世の中に愛より多様な理解と意味を持つ言葉はないかもしれません。人や思想によって、また置かれている状況や時代によって様々な理解があり、これだけが正しいとは言えないのが愛というものです。そういった意味でドラマ「陽のあたる場所」の主題歌のように「愛は愛で」しか表現できないかもしれません。そうであるにも拘らず、その愛を生きるためには、自分自身にとって愛とは何かについて考え、あえて表現してみることが大事です。聖書学者でありながら大阪釜ヶ崎で日雇い労働者のために働いているローマ・カトリック教会の本田哲郎神父は、翻訳した聖書の中で愛のことを「思いやり」という言葉に代えて訳しました。他にも、慈悲・大切にする・優しさ・受け入れる・赦すなど多様な言葉に表現されることができると思います。では皆さんにとって愛とはどういうものであって、どのように表現できるのでしょうか。
<福音書> マタイによる福音書 22章34~46節
34ファリサイ派の人々は、イエスがサドカイ派の人々を言い込められたと聞いて、一緒に集まった。 35そのうちの一人、律法の専門家が、イエスを試そうとして尋ねた。 36「先生、律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか。」 37イエスは言われた。「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』 38これが最も重要な第一の掟である。 39第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』 40律法全体と預言者は、この二つの掟に基づいている。」
41ファリサイ派の人々が集まっていたとき、イエスはお尋ねになった。 42「あなたたちはメシアのことをどう思うか。だれの子だろうか。」彼らが、「ダビデの子です」と言うと、 43イエスは言われた。「では、どうしてダビデは、霊を受けて、メシアを主と呼んでいるのだろうか。
44『主は、わたしの主にお告げになった。
「わたしの右の座に着きなさい、
わたしがあなたの敵を
あなたの足もとに屈服させるときまで」と。』
45このようにダビデがメシアを主と呼んでいるのであれば、どうしてメシアがダビデの子なのか。」 46これにはだれ一人、ひと言も言い返すことができず、その日からは、もはやあえて質問する者はなかった。






