チャプレン ヨナ 成成鍾 司祭
「 復活の木 」
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「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。 6あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。 7人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか。」
(ルカ24:5)
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ベストセラー作家アンジェラ・ハント(Angela Hunt)の『3本の木(The Tale of Three Trees)』という童話があります。語り継がれた民話がベースになっているのですが、3本の木はそれぞれ紆余曲折を経て神様の偉大な目的の為に使われるという内容です。飼い葉桶になった一番目の木はキリストの誕生のため、小さな釣り船になった二番目の木はキリストのみ働きのため、そして捨てられていた三番目の木は十字架になって神様な愛を世に示すものになりました。童話に基づいて、私はこの3本の木にもう一本を加えたいと思います。それはキリストの復活の為に用いられる木なのです。ところが、その木は目に見える形の木ではなく、私たちの心の中に育つ木のことです。人は誰でも生まれる時、一本の木を心に抱えて生まれます。童話の中の3本の木と同じように、心の中の木も成木になって用いられるためには、通らなくてはならない過程があります。一種の通過儀礼とも言えるその過程を、試練、葛藤、疑い、挫折、霊的な暗闇などの言葉で表現することもあります。そのような過程を通り成長していきながら、私たちの心の中の4番目の木も、ようやく復活のために用いられます。
寒い地方の樹木は冬を乗り越えるため色々な準備をするのですが、その一つは氷細胞と言われる細胞を作ることです。氷細胞は言葉の通りに水が凍ってできた氷の袋のようなもので、他の細胞より何千倍も大きいなものです。驚くことにこの氷の膜が、むしろ寒さを防いで他の細胞が凍らないように保護する役割をするそうです。そして冬が過ぎて春が来ますと氷の袋は溶け、栄養分たっぷりの樹液になって、若葉が芽生え始めた細胞に染み込みます。それで冬の寒さを耐え忍んだ枝の先に青みが戻ってきます。私たち人間も氷細胞のようなものを持っています。誰かとの関係の中で受けた傷によって生じた恨みや怒りなど、氷の塊のようなもの、つまり抑圧されている記憶や心のわだかまりがあります。ところが、このわだかまりは、いつかは相手に返してやろうと思っている意志の塊でもありますから、自分ではなかなか捨てようとはしません。むしろ硬く握りしめて、まるで氷細胞のように心意的な保護膜としているのです。しかし、樹木から学べますように、人生の春を迎えるためにはその氷細胞を溶かして命の水に変えなくてはなりません。
では4番目の木である自分の心の中の木は、今どのような状態になっているでしょうか。心の中の木がキリストの復活のために用いられるためには、先ず心の中に固まっている氷細胞のようなものを溶かして命の水に変えなくてはなりません。多くの方が誤解されているのですが、復活は決して外部から来るものではありません。教会から与えられるものでも聖職から頂くものでもなく、自分自身の中で、心の中で成し遂げられるものなのです。誰もが持っている心の氷細胞のようなものを溶かし、暗くて堅くなっている心のお墓を抜け出すときにこそ、自分の復活は始まります。
今は季節的にも春なのですが、実に私たち一人ひとりは心に春を迎えている一本の木のような存在なのです。寒くて暗い冬を乗り越え、若葉を芽吹かせることによって誰かの微笑や希望になり、また花を咲かせることを通して世の中を明るくする一本の木、復活の木なのです。今は小さくて弱いけれども、段々と大きく成長していく復活の木なのです。神様はそのような特別なご計画や目的を持って、一人ひとりをこの世に送られました。復活日を迎えている今日を機として、それらのことを忘れないようにしましょう。キリストと共に復活した私たち皆の復活をお祝い申し上げます。
<福音書> ルカによる福音書 24章1~10節
そして、週の初めの日の明け方早く、準備しておいた香料を持って墓に行った。 2見ると、石が墓のわきに転がしてあり、 3中に入っても、主イエスの遺体が見当たらなかった。 4そのため途方に暮れていると、輝く衣を着た二人の人がそばに現れた。 5婦人たちが恐れて地に顔を伏せると、二人は言った。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。 6あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。 7人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか。」 8そこで、婦人たちはイエスの言葉を思い出した。 9そして、墓から帰って、十一人とほかの人皆に一部始終を知らせた。 10それは、マグダラのマリア、ヨハナ、ヤコブの母マリア、そして一緒にいた他の婦人たちであった。婦人たちはこれらのことを使徒たちに話した。