聖路加国際大学 聖ルカ礼拝堂

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2026年6月21日(聖霊降臨後第4主日)(2026/06/25)

「 神秘主義 」

神秘主義(mysticism)についてどのようなイメージを持っているのでしょうか。世間ではオカルト(occult)や占いのようなこととして認識されていますが、本来は違います。辞書によれば神秘は、事や現象など理性的には説明することも理解することもできないほど不思議な事象を指します。そして神秘主義とは、その事や現象に秘められている本質にたどり着くための思想や行いのことを指します。キリスト教においては、まさに全てのことの本質としておられる神様に出会い交わるということに他なりません。日本語はそれを明確に表していて、漢字で神秘は神について秘められていると書くのです。本来神様は究極的な価値で超越的な意味であるため人間が知ることができる存在ではありません。知るとしても神様自らが伝えてくださる部分に限られます。そして秘められている本質、つまり神様に出会い交わるための行いを伝統的に教会は、祈りや黙想、またリトリートなどの言葉で表現してきました。祈りや黙想とは特別な何かであるよりは、神様を求め・出会い・交わるという一連の信仰的な営みだと言えますが、そのような生き方をする人を古くから教会は神秘主義者だと呼んだのです。 

20世紀を代表する神学者の一人カール・ラーナー(Karl Rahner、1904-1984)は“未来のキリスト者は神秘主義者であるだろう。すなわち、何かを体験した者でなければ、もはやキリスト者ではなくなる。”と語って、教理的な理解だけでは不十分で神様との実存的で体験的な出会いが不可欠であることを強調しました。しかしまだまだ祈りや黙想に苦手意識を持っている人が多いです。祈りや黙想は、語るよりは聞くことに近い営みです。神様は私たちの願いを全部知っておられますので、願っていることを語るより、神様からのお返事としてみ心を待つことが求められます。しかし待つことは容易いことではありません。待つことの大半は暗闇に包まれたかのように辛い過程なのです。そうであるにも拘らず忍耐強く待ち続けますと、かの日に「暗闇の中で…耳打ちされた」(27節)かのように、慰め・癒し・感謝・悟りなどのお返事が頂けますし、場合によって深い内面の中心におられる神様へと導かれることもあります。祈りや黙想とは聞くことから始まり交わることを通して深まりますが、誘惑の多い今の時代にはなおさら存在の中心、深い内面からの神様の声に耳を傾けることが求められます。

ギリシャ神話には竪琴の名人として動物や樹木までも魅了するほど美しい音を奏でたオルフェウス(Orpheus)の物語があります。そこには海を航海する船員たちを歌声で誘惑し殺害する魔女セイレーン(Seirḗn)との対決の逸話があります。船員たちはセイレーンの魅力的な歌声を聞くと自分も知らないうちに海に身を投げてしまいました。それゆえ、オルフェウスが一緒に船に乗り、歌合戦をして魔女セイレーンの誘惑する歌声を打ち破ったため、無事に海峡を渡ることができたという物語です。魅力的な声で人々を誘惑するセイレーンは、今の時代にもあります。あらゆる方面から声をかけてくるセイレーンから命を守るためには、耳障りのいい魅力的な声ではなく命に満ち溢れている声、つまり神様の声に耳を傾けなくてはなりません。真理と偽りを区別し、み心を識別することが難しくなっている今の時代だからこそ、「暗闇の中で…耳打ちされた」(27節)かのように聞こえてくる神様の声を求め、その神様と出会い交わるという神秘主義者として生きることが求められます。


<福音書> マタイによる福音書 10章24節~33節

24弟子は師を超えるものではなく、僕は主人を超えるものではない。25弟子は師のように、僕は主人のようになれば、それで十分である。家の主人がベルゼブルと言われるのなら、その家族の者はなおさら悪く言われることだろう。」
26「人々を恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、隠れているもので知られずに済むものはないからである。27私が暗闇であなたがたに言うことを、明るみで言いなさい。耳打ちされたことを屋根の上で言い広めなさい。28体は殺しても、命は殺すことのできない者どもを恐(おそ)れるな。むしろ、命も体もゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい。29二羽の雀は一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。30あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。31だから、恐れることはない。あなたがたは、たくさんの雀よりも優れたである。」
32「だから、誰でも人々の前で私を認める者は、私も天の父の前で、その人を認める。33しかし、人々の前で私を拒む者は、私も天の父の前でその人を拒む。」





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