招宴 2014年1月号 牧師巻頭言から

 

新しい年を歩み始める

人を解放される神を信頼して


牧師 司祭 バルナバ 前田(まえだ) 良彦(よしひこ)


 千住キリスト教会の発信した文章の中に「信仰は教えを守ることではなく、人間を自由な者へと解放するものです。信仰の喜びはそこにあります。」という言葉がありました。強い共感をおぼえました。

flower pot
日曜学校のクリスマス礼拝で

 教会の教えはすべて聖書に基づいています。日曜日の礼拝に用いる祈祷書も聖書の言葉を中心に出来ています。聖書はさまざまな文章で構成されています。律法もあり歴史や詩もあります。矛盾に満ちた記述もありますし、二千年以上前の文章もありますから、当時の人々の生活を理解しないとわからないようなこともあります。それでも聖書が指し示す方向は人間を自由な者へと解放するものであるのではないでしょうか。 イエスの生き方を丁寧に見つめていくとイエスのなさったさまざまな事柄は「人を解放する業」であったと言っても良いでしょう。困難な状況に陥った 人々や病んで苦しんでいる人たち、社会の隅に置かれて誰からも振り向いて貰えない人、子どもが与えられず苦しんでいる人たちに福音を告げたとあります。 福音とはそれを聞いた人たちに喜びを与えることです。

 マタイ福音書五章三節以下は山上の教えと言われています。「心底貧しい人たちは、神からの力がある。死別の悲しみにある人は、神からの力がある……」 (本田哲郎訳)と続きます。福音を聞いた人たちは奇跡的に状況が変えられたということではないでしょう。生きていく力が与えられたのです。あなたはあなたのままでいいのだ。あなたの生きる根底には神が祝福をしてくれるから安心して生きていきなさい、という神の祝福が与えられたのです。自由な者へと解放される神があるのです。