2012年12月24日(日)

木彫り「ご降誕の場面」と作者クレオパさん

聖マーガレット教会のクリブ
クリスマス・クリブとは
クリブが示すもの
作家のクレオパ・レマ
クレオパさんについて、テゼのブラザーからの手紙

クリブ
昨年(2011年)のご降誕日、聖堂内に置かれた聖マーガレット教会のクリブ

聖マーガレット教会のクリブ
聖マーガレット教会には、バングラデシュの木彫作家クレオパ・レマさん(故人)作の「ご降誕の場面」と名付けられたクリスマス・クリブがあります(写真)。 これまでのクリスマスシーズンには、聖堂内に飾っていましたが、今年は屋外に置いて多くの方に見てもらえるようにしました。

クリブ
今年(2012年)は屋外に飾りました

クリスマス・クリブとは
 イエス・キリストは今から2千年ほど前に、イスラエルのベツレヘムという町の馬小屋で生まれたと伝えられています。その誕生の様子を再現した模型や人形をクリブ(Crib:もとは「飼い葉おけ」の意味)と呼びます。キリスト教徒の多い欧米では、クリスマス期間中に、教会の庭や街角にさまざまなクリブが置かれます。クリブには、飼い葉おけに寝かされたイエス様、母マリアと父ヨセフ、羊飼いたち、東方から捧げものを持って訪ねてきた3人の博士、それに羊等の動物が飾られます。

聖母子

クリブの示すもの
クリスマスは、イエス様の誕生を祝うはなやかなお祭りのように思われがちですが、クリブはクリスマスの本当の意味を忘れないように作られたものです。キリストが、神の独り子でありながら、貧しい家畜小屋のワラの中で、粗末な布にくるまれて、弱々しい幼子の姿をとって、この世に来られたことを示しています。弱さゆえに、人々の悲しみや重荷をともに担うことができるのです。それはこの世を深く愛された神のご意志でもあるのです。 招宴12月号の巻頭言も是非読んでください。


クレオパさん

木彫り「ご降誕の場面」作者:クレオパ・レマ(1959~2011)
当教会クリブの作者クレオパさんは、1959年にバングラデシュ北部の村に生まれました。聴覚障害を持ち、独自の手話でしか会話することができませんでしたが、いつも笑顔を絶やさず、善良で誰からも愛された敬虔なクリスチャンでした。  彼は、バングラデシュのマイメンシンという町にある、テゼのブラザー(修道士)たちが始めた、障がい者のための木工作業場で、多くの木工彫像を製作しました。ここで、奥様のヘナ・チャンブゴンさんと二人の息子さん、そして多くの友人に囲まれた幸せな日々を送っていましたが、2011年のイースター前日(4月23日)、突然、心臓発作で亡くなられました。まだ、51歳の若さでした。  この「ご降誕の場面」は、2007年に当教会のために彫ってくれた大作です。これまでのクリスマスでは、教会内に飾っていましたが、本年は多くの方に、彼の遺したクリブを通じて教会のクリスマスを知って戴こうと屋外に飾ることにいたしました。 どうか、遺されたクレオパ夫人と小さな二人の子どもたちのためにも、お祈りください。

クレオパさんについて
テゼ修道会のブラザー・ヨハネスからの手紙(要約)

2011年4月30日

 クレオパさんは、1959年にバングラデシュ最北部の村の比較的恵まれたクリスチャンの家庭に生まれました。兄弟や叔父・叔母には司祭や修道者もおられます。彼は少数民族のマンディ族の一員でした。  クレオパさんは、幼少のころ高熱を出し、聴覚を失いました。成長とともに、家族の畑で働くようになりましが、そのうちに、粘土で像を造ることに興味を覚え、教会で働く叔父や叔母たちのために聖人の像を粘土で製作するようになりました。  バングラデシュのマイメンシンという町に、テゼのブラザー(修道士)たちが始めた、障がい者のための木工作業場があります。彼は叔母の紹介で、ここに住み、働くことになりましたが、まもなく、木工彫像におけるすばらしい才能を開花させ、次々と新作に取り組むようになりました。この地方の人々、マンディ族の踊る姿や戦闘の姿、ヨーロッパの中世の聖人たち、降誕場面やチェスの駒・・・。腕を次第に磨き、衣装の細かい様子、動きを生き生きとさせる技術を身につけました。この間、友人たちの紹介で首都ダッカに住むヘナ・チャンブゴンさんと知り合い、故郷の村で式を挙げ、マイメンシンで新生活を始め、二人の息子さんに恵まれました。  彼は、いつもどこでも喜びに溢れ、一緒にいるのがとても楽しい人でした。聾唖者ゆえに周囲のことが良く理解できないこともありましたが、その素朴さと善良さ、微笑と笑いは全ての人の心に触れました。そして何よりも非常に熱心なキリスト者であり、祈りの人でした。  優れた指導を受ければもっとその才能が開花したに違いありませんが、彼は自分の作品を売ることによって、家族を経済的に支えました。作品は完成するとすぐに売れ、世界中に散らばり、個展を開く機会はとうとう訪れませんでした。2011年のイースター前日(4月23日)、突然の心臓発作で亡くなってしまったのです。  キリストの誕生の場面を表したこの作品は彼の最後の大作となりました。この作品が日本の皆様のそばにとどまり続けること、それは私たちテゼのブラザーにとっても遺族にとっても、大きな感謝とよろこびです。