聖霊降臨後第12主日

<特   祷>

慈しみ深い神よ、あなたはみ恵みを常にわたしたちに先立たせ、また伴わせてくださいます。どうかこの恵みによって絶えずすべての良い業を行うことができますように、主イエス・キリストによってお願いいたします。アーメン

<聖   書> ルカ14:1,7~14 

<メッセージ> 神の国~お返しできない人々を招く宴会

父と子と聖霊の御名によって アーメン

新型コロナウイルス感染症の下、また猛暑・酷暑の夏、皆様はどのようにお過ごしでしょうか。また、ロシアによるウクライナ侵攻など、争いや自然災害報道の絶えない世界にあって、皆様も心に痛みを憶えながら、過ごしてこられたのではないでしょうか。皆様の健康が守られますように、世界の平和を求めてお祈り致します。

 

新型コロナウイルス禍の下、社会的ディスタンスと言うことが言われました。予

防のためにディスタンスは、必要なことなのですが、人と人との心の距離が遠くなってしまったのではと心配です。教会でもたとえば食事が共にできない、できても黙食でということで、なかなか交流ができていないことが心配です。何よりも聖歌を歌うことができない時期が長かったということで、教会の一体感が薄らいでいるのではないかと心配です。少しずつ取り戻していけたらと願っています。

さて、今日の福音書は、食事の場面です。主イエスは、招かれたのでしょう、食事のためにファリサイ派のある議員の家にお入りになりました。聖書では、神の国の分かち合いはお祝いの席、婚礼の宴会にたとえられます。ルカ福音書には、主イエスが弟子たちや他の人々と一緒に食事をしている箇所や食卓での交わりについて記す箇所が14か所あります。主イエスご自身も食事の席を楽しまれた。「人々はイエスの様子をうかがっていた。」とありますから、今回の招待は、楽しい食事会だったでしょうか。雲行きが怪しい感じがします。主イエスは、この時も利用して人々にたとえ話を始められます。

ファリサイ派の議員の家にはほかの客も招待されていました。その客たちが上席に座りたがる様子に気づき、次のようなたとえ話を始めます。

婚宴に招待されたら、上席についてはならない。あなたより身分の高い人が招かれていて、この人に席を譲ってくださいと言われて、恥をかいて末席につくことになるかもしれない。招待を受けたらむしろ末席に座りなさい。そうすると招いた人が、もと上席に進んでくださいと言い、面目を施すことになる。「だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる」高慢に陥らないように、謙遜に生きることを、招待されている人々にお勧めになります。

続いて主イエスは、招いてくれた人、ファリサイ派の議員に語りかけます。

どんな人を招いたらいいのか。友人や兄弟、親類、近所の金持ちを呼んではいけないよ。お返しをするかもしれないから。お返しができる人を呼んではいけないよ。貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人を招きなさい。お返しができない人を招きなさい。そうすれば、あなたは幸いな人とされ、復活の時に報われる、と主イエスは招いてくれた人に語り掛けます。

この主イエスのメッセージは、どう捉えたらいいでしょうか。

1つは、この宴は、主イエスの宴です。お返しできない人、それは私のことです。主イエスの招きに、私は全くふさわしい者ではないのですが、にもかかわらず、主イエスは私を招いてくださっています。

もう一つは、私の生き方に関することです。

7月の終わりから8月にかけて、イギリス・カンタベリーでランベス会議が開催されました。私は体調を崩して参加できなかったのですが、先日西原廉太主教から、ランベス会議についてお話を伺いました。会議の前に準備の黙想会があったそうです。エスター・モンボさんという神学者が指導をされました。その黙想の題が「私のバケツに開いた穴」、東アフリカのこどもたちの間で広く歌われているわらべ歌の題名とのこと。このわらべ歌の詩をお聴きください。

わたしのバケツには穴があいているの

お母さん、お母さん

私のバケツには穴があいているの

お母さん、穴が

娘よ、それでは直しておくれよ

娘よ、娘よ

娘よ、それでは直しておくれよ

お母さん、直しておくれよ

このわらべ歌は、お母さんと娘の二人の間で対話が延々と続くそうです。

バケツは私たちの世界、いたるところに「穴」があいています。新型コロナ、異常気象による洪水、山火事・・・、紛争、難民、虐待、貧困、不平等、差別、人権侵害、壊れた世界があります。穴があちこちに開いています。日本の中にも見られます。私たちはこの「穴」をしっかりと見つめ、わらべ歌で、母と娘が対話し合うように、語り合い、理解し合うことが大切です。すぐにはこの穴を直すことはできないでしょう。直すために、必要なこと、私は、使い古されたことばかもしれませんが、「親切」という言葉を思い浮かべるのです。

また、ペトロの手紙Ⅰ 3:8・9「みな思いを一つにし、同情し合い、きょうだいを愛し、憐れみ深く、謙虚でありなさい。悪をもって悪に、侮辱をもって侮辱に報いず、かえって祝福しなさい。あなたがたは祝福を受け継ぐために、召されたからです。」が浮かんで参ります。

私たちは日々思います。「今日は何を食べようか」「今日は何を作ろうか」考え、悩みます。これはしあわせなことです。感謝すべきことです。しかし、世界中には「今日、何か食べることができるだろうか。今週、何か食べられるだろうか。」不安の中で、震えているこどもたちが、人々が沢山います。

穴がいっぱいあいている世界にあって、お返しのできない人々のことを忘れないようにしましょう。お返しのできない人々を食事へと招く心を忘れないようにしましょう。

神の国に招いて頂いていることへの感謝と、親切、共感、憐れみの心、愛、謙虚さ、祝福するために召されていること、こうしたことを大切に歩んで行きましょう。

父と子と聖霊の御名によって アーメン

<ウクライナの平和のための祈り>

正義と平和の神よ、

わたしたちは今日、ウクライナの人々のために祈ります。

またわたしたちは平和のために、そして武器が置かれますよう祈ります。

明日を恐れるすべての人々に、 あなたの慰めの霊が寄り添ってくださいますように。平和や戦争を支配する力を持つ人々が、知恵と見識と思いやりによって、 み旨に適う決断へと導かれますように。

そして何よりも、危険にさらされ、恐怖の中にいるあなたの大切な子どもたちを、あなたが抱き守ってくださいますように。

平和の君、主イエス・キリストによってお願いいたします。 アーメン。

<主の祈り>

主イエスが教えられたように祈りましょう。

天におられるわたしたちの父よ、

み名が聖とされますように。

み国が来ますように。

みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。

わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。

わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。

わたしたちを誘惑におちいらせず、

悪からお救いください。

国と力と栄光は、永遠にあなたのものです アーメン

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