復活節第4主日

<特   祷>

永遠の契約の血によって良い羊飼い、主イエス・キリストを死人のうちからよみがえらせられた平和の神よ、どうかわたしたちをみ旨にかなう者とし、み前に喜ばれるすべての良い業を行わせてくださいますように、主イエス・キリストによってお願いいたします。アーメン

<聖   書> ヨハネ10:1~10

<メッセージ> 私は羊の門である

父と子と聖霊の聖名によって アーメン

復活節第4主日は、「良い羊飼いの主日」と呼ばれ、福音書はヨハネによる福音書10章から選ばれています。そのことから、「良い羊飼い」である主イエスに倣う「良い牧師」が育ちますようにということで、本日の礼拝の献金は、神学校のために献げられ、神学校のためにお祈りがささげられます。

ところで、主イエスはご自分のことを、「わたしは何々である」と何かにたとえて説明されることが度々あります。

「わたしは命のパンである。」ヨハネ6:35・48・51

「わたしは道であり、真理であり、命である。」ヨハネ14:6

「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。」ヨハネ15:1・5

今日の福音書でも、10:7以下「わたしは羊の門である。」「わたしは門である。」、また今日は読まれませんでしたが、10:11では「わたしは良い羊飼いである。」と言われ、主イエスと私たちの関係について語られています。

良き羊飼いイエスの姿は、私たちに救い主に関する大変豊かなイメージを与えてくれます。羊飼いと羊は、パレスチナの農村生活を思い起こさせます。自分の羊をこよなく愛し、心を配る羊飼いがいます。ヨハネは、その羊飼いの姿と主イエスが重ねて描きます。主イエスは、羊たちのことをよく知っていて、一匹一匹、その名前で呼ぶ羊飼いです。主イエスは、羊のすぐ傍にいて守る羊飼いです。

主イエスは羊を決して見捨てない羊飼いです。この羊たちは私たちです。主イエスは、羊飼いが羊の一匹一匹のことをよく知っているように、私たちのことをよく御存じです。誰よりも私たちのことを御存知です。

「主よ、あなたはわたしを極め、わたしを知っておられる。・・・わたしの舌がまだひと言も語らぬ先に、主よ、あなたはすべてを知っておられる。」

(詩139 1節、3節)

「女が自分の乳飲み子を忘れるだろうか。母親が自分の産んだ子を憐れまないであろうか。たとえ女たちが忘れようとも、わたしがあなたを忘れることは決してない。見よ、わたしはあなたをわたしの手のひらに刻みつける。」(イザヤ49:15・16)

聖書では、「知る」ことは「愛すること」を意味しています。主イエスは、私たちのことを誰よりも愛して下さっています。主イエスにおゆだねして、安心して歩みましょう。

さらに、主イエスは門、入り口です。救いの道の門であり、豊かな牧草地へと招きいれてくださいます。私たちは命を得るため、それも豊かな命を得るために、私たちは招かれています。

先日、主イエスの門をくぐり、洗礼に与り、主イエスの招きに気づき、豊かな命の道を歩み始めた長野在住のF兄からお手紙を頂きました。まず、F兄の主イエスへと導く門となったのはK夫人でした。K夫人は幼少の頃、川口基督教会と接点がありました。良き羊飼い主イエスとの出会いがあったかもしれません。主イエスの門が開かれていたのです。その後プール学院で大事な青春期を過ごされました。F兄と結婚後は、転勤等が多く、K姉が教会に通うということはなかったそうです。しかし、K姉は毎日、聖歌を歌い、聖書をよく読まれていました。プール学院の日々の生活の中で、主イエスの門、羊の門をくぐっておられたのです。残念ながらK姉は、先日ご病気で逝去されました。F兄は、毎日のように聖歌を歌い、聖書をよく読まれていたK姉の姿が忘れられませんでした。いつしかキリスト教会に納骨してあげたいと思うようになります。そして、母校であるプール学院同窓会にどこかふさわしい教会はないかとの相談が入ります。

同窓会のS理事長から、私の所に連絡があり、お話い合いの結果、プール学院発祥の地にある川口基督教会の名が挙がり、川口基督教会もこの申し出を快く受け入れて下さり、納骨を許可してくださいました。長野からF兄も来阪され、納骨式が行われました。さらに、うれしいことに、先日F兄は、自分も愛する妻と同じ所(神さまの国)へ行きたいと願われ、長野聖救主教会で洗礼の恵みに与られたのです。奥様のK姉が主イエスへの門となり、ご自分も主イエスの門をくぐられたのです。

 主イエスは言われました。「わたしは羊の門である。」「わたしは門である。」と。主イエスの門をくぐるためには、主イエスへと導く門が必要だということを教えて頂きました。F兄には、愛するK姉という主イエスへと導く門が必要でした。

 主イエスへと導く門、それは教会であり、ミッション・スクールであり、畏れ多いことですが、私たち一人一人なのです。「良き羊飼いの主日」に、御一緒にこのことを憶えたいと思います。あなたも人々を主イエスへと導く門となりましょう。

父と子と聖霊の聖名によって アーメン

<ウクライナとロシアの平和のための祈り>

正義と平和の神よ、

わたしたちは今日、ウクライナとロシアの人々のために祈ります。

またわたしたちは平和のために、そして武器が置かれますよう祈ります。

明日を恐れるすべての人々に、 あなたの慰めの霊が寄り添ってくださいますように。

平和や戦争を支配する力を持つ人々が、知恵と見識と思いやりによって、 み旨に適う決断へと導かれますように。

そして何よりも、危険にさらされ、恐怖の中にいるあなたの大切な子どもたちを、あなたが抱き守ってくださいますように。

平和の君、主イエス・キリストによってお願いいたします。 アーメン。

<黙想しましょう>

大阪教区成立100周年のため

この社会にあって、居場所がなく、生きづらさを感じている多くの人々のため

新型コロナウイルス感染症の収束のため

戦争や大災害に苦しむ人々のため 特にスーダン、ミャンマーの人々を憶えて。

<主の祈り> 救い主キリストが教えられたように祈りましょう。

天におられるわたしたちの父よ

み名が聖とされますように

み国が来ますように。

みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。

わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。

わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人を

ゆるします。

わたしたちを誘惑におちいらせず、

悪からお救いください。

国と力と栄光は、永遠にあなたのものです。アーメン

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