聖霊降臨後第6主日 2012年7月8日(日)

 

マルコによる福音書 6:1 - 6

 
ナザレで受(う)け入(い)れられない
  1イェスはそこを去(さ)って故郷(こきょう)にお帰(かえ)りになったが`弟子(でし)たちも従(したが)った。 2安息(あんそく)日(び)になったので、イエスは会堂(かいどう)で教(おし)え始(はじ)められた。 多(おお)くの人々(ひとびと)はそれを聞(き)いて、驚(おどろ)いて言(い)った。「この人(ひと)は、このようなことをどこから得(え)たのだろう。この人(ひと)が授(さず)かった知恵(ちえ)と、その手(て)で行(おこな)われるこのような奇跡(きせき)はいったい何(なに)か。 3この人(ひと)は、大工(だいく)ではないか。マリアの息子(むすこ)で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟(きょうだい)ではないか。 姉妹(しまい)たちは、ここで我々(われわれ)と一緒(いっしょ)に住(す)んでいるではないか。」このように、人々(ひとびと)はイエスにつまずいた。 4イエスは、「預言者(よげんしゃ)が敬(うやま)われないのは、自分(じぶん)の故郷(こきょう)、親戚(しんせき)や家族(かぞく)の間(あいだ)だけである」と言(い)われた。 5そこでは、ごくわずかの病人(びょうにん)に手(て)を置(お)いていやされただけで、そのほかは何(なに)も奇跡(きせき)を行(おこな)うことがおできにならなかった。 6そして、人々(ひとびと)の不信仰(ふしんこう)に驚(おどろ)かれた。
    それから、イエスは付近(ふきん)の村(むら)を巡(めぐ)り歩(ある)いてお教(おし)えになった。

新共同訳聖書

 

牧師コーナー

祭壇の花

◆本日の福音書はイエスにつまずく人々が記されています。つまずくの元々の語源は「ピシャリと跳ねる、閉じる」です。そこから「罠」を意味するようになりました。聖書では「罠にかかる」「落とし穴にはまる」意味で使われています。故郷の人々がイエスを見誤る原因はイエスを「マリアの子ではないか。彼の兄弟姉妹はわれわれと一緒にいる」と思い、イエスは我々と同じ人間に過ぎない、神の子ではない、と思う時イエスの業やその背後にある神へと向かうことが出来ないのです。人間の常識にイエスの言葉と業を当てはめるとやはりつまずくのではないでしょうか。弟子のように従うことがつまずきから救う道なのでしょう。

牧師 司祭 バルナバ 前田(まえだ) 良彦(よしひこ)

 

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