顕現後第1主日・主イエス洗礼の日

<特   祷>

天にいます父よ、あなたは、み子イエス・キリストがヨルダン川で洗礼を受けられたとき、聖霊を注ぎ、愛する子と宣言されました。どうかみ名によって洗礼を受けたすべての者がその約束を守り、み子を主また救い主として大胆に告白することができますように。父と聖霊とともに一体であって世々に生き支配しておられるみ子イエス・キリストによってお願いいたします。アーメン

<聖   書> マタイ3:13~17

<メッセージ> 主イエスと共に、神さまに良しとされた人生を歩む

父と子と聖霊の御名によって アーメン

先日1月6日は顕現日・エピファニーでした。スペインではこの日にサンタクロースがプレゼントを持ってくる楽しい日です。東方キリスト教会ではこの日がクリスマスです。また、多くのヨーロッパの国では、この日でクリスマス・シーズンが終わり、デパートなどはバーゲンに入る季節です。しかし、今年はインフレの影響を受けて、12月24日・25日からバーゲンが始まっています。

さて、今日の福音書は、私たちにとって大きな恵みの出来事です。神さまの私たちへの思いを、感謝の手で受け取ることができると、私たちにとって、本当に大きな恵みを頂くことになります。

顕現日から顕現節に入り、本日は顕現後第1主日ですが、また主イエス洗礼の日と呼ばれる主日でもあります。

主イエスはガリラヤのナザレから出て、ヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼をお受けになりました。この日から主イエスの公の活動が始まります。

さて、なぜ主イエスは洗礼をお受けになったのでしょうか。マタイ3:13-16 洗礼者ヨハネは主イエスが洗礼を受けることを思いとどまらせようとしますが、主イエスは「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしい」とお答えになります。(参照:ルカ福音書では、「民衆が皆洗礼を受け、イエスも洗礼を受けて」と、民衆が受けた洗礼と主イエスの洗礼が、まことにシンプルに並列されて描かれています。)

「正しいことをすべて行うこと」は、主イエスご自身にとっても、洗礼者ヨハネにとってもふさわしいことなのだと主イエスは言われます。正しいことを行うために、主イエスもヨハネも、神さまから召されているというのです。これがマタイ福音書では、主イエスの一番最初のお言葉です。「正しいこと」それにつながることば、たとえば山上の宣教では、「正義」、「義」ですが、マタイ福音書ではよく登場致します。「正しいこと」「正義」を行うのが、主イエスの使命だということが明らかにされます。

主イエスは、ヨハネから洗礼をお受けになり、水から上がられます。すると天が開け、神の霊が鳩のようにご自分の上に降り注いでくるのをお感じになります。そして、大切なことは、その後起こった出来事です。天からの声を聞かれます。「これは私の愛する子、私の心に適う者」

聖霊が鳩のように主イエスの上に降り、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」神さまからの声が聞こえたのです。私はいつも洗礼・堅信式の時、このお話をします。主イエスは私たちを代表してこの声を聴かれました。

洗礼の時、私たち一人一人もこの声を聴きます。聖霊が鳩のように。聖霊は、見えない神さまの力が鳩のように、私たちの上に降る。鳩は柔和・寛容・やさしさ・平和の象徴です。神のやさしさ、愛に包まれるのです。そして、続いて「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という神さまのお言葉を聴くのです。

使徒言行録10:34でペトロが驚きの思いを吐露しています。「神は人を分け隔てなさらないことが、よく分かりました。」すべての人に、分け隔てなく、この神さまのことばは告げられているのです。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」分け隔てなく、すべての人々に向かって、このことばは語り掛けられています。(神さまは私たちを分け隔てされませんので、私たちも人を分け隔てしないように、務めましょう。)

私のような欠け多き者がいいのかな、ふさわしい者とは思えない私がいいのかな、畏れ多いなと思います。にもかかわらず、主イエスと同様にこの私たちに神さまは「わたしの愛する子、神さまのみ心に適う者」、と呼び掛けて下さっています。この神の私たちへのやさしさ、寛容、愛は誰も私たちから奪い取ることはできません。この神さまとの交信は、疲れ切っている時こそ、寂しく、辛い時にこそ、神さまとの愛の交信は、なくてはならないことです。まだ、洗礼・堅信をお受け出ない方は、是非、この大きな恵みを受け取って頂きたいのです。

洗礼・堅信に与った私たちは主イエスと共に、「正しいこと」を行うために、歩み出します。「正しいこと」とは何でしょうか。主イエスと共に、「平和を告げすらせること、癒しの業に参加すること」です。(使徒言行録10:36・38)

主イエスと共に、苦難の中にある人々を支援することです。(イザヤ42:7)

そして、もう一度、本日の特祷を思い出してください。「天にいます父よ、あなたは、み子イエス・キリストがヨルダン川で洗礼を受けられたとき、聖霊を注ぎ、愛する子と宣言されました。どうかみ名によって洗礼を受けたすべての者がその約束を守り、み子を主また救い主として大胆に告白することができますように。」主イエスを人々の紹介するのです。このお祈りを今週一週間のお祈りとしましょう。

神さまは、私たちにやさしさ、寛容、愛を注いでくださいます。その神さまの私たちへの思いを、感謝の手をもって受け取るならば、主イエスと共に、わたしたちは神さまに肯定された(良しとされた)人生を歩みだすことになります。

主イエスは、「傷ついた葦を折ることなく、暗くなっていく灯心を消すことなく」(イザヤ42:3)ゆっくりとわたしたちを導いてくださいます。

ハレルヤ、主イエスを賛美しましょう。

父と子と聖霊の御名によって アーメン

<ウクライナの平和のための祈り>

正義と平和の神よ、

わたしたちは今日、ウクライナの人々のために祈ります。

またわたしたちは平和のために、そして武器が置かれますよう祈ります。

明日を恐れるすべての人々に、 あなたの慰めの霊が寄り添ってくださいますように。平和や戦争を支配する力を持つ人々が、知恵と見識と思いやりによって、み旨に適う決断へと導かれますように。

そして何よりも、危険にさらされ、恐怖の中にいるあなたの大切な子どもたちを、あなたが抱き守ってくださいますように。

平和の君、主イエス・キリストによってお願いいたします。 アーメン

<主の祈り>

救い主キリストが教えられたように祈りましょう。

天におられるわたしたちの父よ

み名が聖とされますように

み国が来ますように。

みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。

わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。

わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人を

ゆるします。

わたしたちを誘惑におちいらせず、

悪からお救いください。

国と力と栄光は、永遠にあなたのものです。アーメン

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