聖霊降臨後第23主日

<特   祷> 

主よ、どうか主のみ民の心を奮い立たせてください。わたしたちが喜びをもってみ業にあずかり、その深い恵みによって、み助けを受けることができますように、主イエス・キリストによってお願いいたします。アーメン

<聖   書> ルカ21:5~19 

<メッセージ> 怖い世界をどう生きるか

父と子と聖霊の御名によって アーメン

今日の福音書に聴きましょう。ルカ21章のことを、こわいもの図鑑、恐ろしいもの図鑑と言った方がありました。昔よく言いました。この世で一番怖いものは何か。地震、雷、火事、おやじなんていいました。今、おやじはどうでしょうか。随分やさしくなったのではないでしょうか。地震、雷、火事はこわいですね。

福音書を見てみましょう。神殿の崩壊 偽の救い主、戦争、暴動、大地震、飢饉、疫病、恐ろしい天変地異、迫害、裏切り、憎しみを受ける今日の福音書の先まで見ますと、軍隊に囲まれる、海が荒れ狂う、自然災害・・・・・これでもかですね。まさに怖いもの図鑑、恐ろしいもの図鑑です。よく考えてみるといまの世界そのものです。今アメリカで中間選挙やっています。トランプ前大統領の姿が見えると、また分断が起こるのではないかと、こわいです。まだ、一方で途中経過を見ておりますと、アメリカの民主主義の心が生きているのかとも感じます。

私たちは、こうした恐ろしいことが起こらないように。もっと努力しなければなりません。

福音書の最後には何と主イエスは言われたでしょうか。「しかし、あなたがたの髪の毛一本も決してなくならない。忍耐によって、あなたがたは命をかち取りなさい。」

怖い世界だが、忍耐して、神の愛を信じる信仰に生きよう。忍耐して神の国に向かって旅をしている信仰に生きよう。

さらに今日の福音書ではそこまで読まれなかったのですが、ルカ21:27~28

「その時、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを、人々はみる。このようなことが起こり始めたら身を起こして頭を上げなさい。あなたがたの解放の時は近いからだ。」と主イエスは言われます。「主イエス・キリスト、おいでください」

「主イエスが再び来られる。」聖書の一番最後にある聖句です。「マラナタ、主イエスよ、来てください。」マラナタの信仰に生きるように。試練の時こそ、「身を起こして頭をあげよう。」

 立教大学皆川睦夫先生と言う方がおられました。隠れキリシタンの讃美歌「オラショ」を長年研究された先生でした。

  <だんじく様の歌>

あー、参ろうやな、参ろうやなぁ

パライゾの寺に 参ろうやなぁ

パライゾの寺とは 申するやなぁ

広いな寺とは 申するやなぁ

広いな狭いはわが胸にあるぞなやぁ

あーしばた山、しばた山なぁ

今はな涙の先き(谷)なるやなぁ

先きはな、助かる道であるぞなやぁ

キリシタンたちは迫害の中、捕まり、処刑されるときにも、天国を思って歌ったそうです。天国へ参ろうと。天に向かって身を起こして歩んだのです。天に思いを迫害の中、数百年間信仰を守り通した人々がいました。

 

 また、「アメージング・グレイス」イギリス人の司祭ジョン・ニュートンの作詞で有名です。ネイティブ・アメリカン・ピープルのチョロキ―の人々にとってはほとんど国歌のように大切にされています。チョロキーの人々の歌詞は、

 創造主の息子が

 わたしたちのために

罪を 引き受けて

天の国に 行かれた

だが 昇天のとき

彼は こう言われた

「私は帰ってくる」

彼は そのように 言われた

世界の すべてが 終わるとき

彼は 帰って来られる

地球の どこにいる人も

彼の姿を 見ることに なるだろう

すべての 良き人々は 生きる

彼なら 探しだして くださるだろう

空のかなたの国では いつでも

人々はみな 平和に 暮らしている

1830年アメリカ合衆国で「インディアンを強制移住させるための法律」なんという悪法でしょうか。ミシシッピ川の東にいたネイティブ・ピープルの大部分がアメリカ大陸の中西部から西部に強制的に徒歩で、着の身着のまま移住させられます。この悪法の最大の犠牲者がチェロキーの人々でした。老若男女問わず、こどももお年寄りも4000人の人が1700キロも西に向かって移住させられたのです。この道のことを今は「涙の旅路」と美しく呼ばれていますが、当時は「人々が声を上げて泣いた道」と呼ばれていたそうです。人々は水も食べる物も事欠く過酷な旅路を、彼らのアメージング・グレイスを歌いながら、歩き通したのです。

怖いことが起こっている世界に、私たちも生きています。意気消沈しそうです。しかし、わたしたちは忍耐をもって、怖い世界を、神の愛を信じる信仰、神の国向かって旅をしている信仰を大切に歩みましょう

また「主イエス・キリスト、おいでください」「主イエスが再び来られる。」というマラナタの信仰を大切に歩みましょう。試練の時こそ、神さまに向かって、身を起こして頭をあげて歩みましょう。

父と子と聖霊の御名によって アーメン

<ウクライナの平和のための祈り>

正義と平和の神よ、

わたしたちは今日、ウクライナの人々のために祈ります。

またわたしたちは平和のために、そして武器が置かれますよう祈ります。

明日を恐れるすべての人々に、 あなたの慰めの霊が寄り添ってくださいますように。平和や戦争を支配する力を持つ人々が、知恵と見識と思いやりによって、み旨に適う決断へと導かれますように。

そして何よりも、危険にさらされ、恐怖の中にいるあなたの大切な子どもたちを、あなたが抱き守ってくださいますように。

平和の君、主イエス・キリストによってお願いいたします。 アーメン。

<主の祈り>

主イエスが教えられたように祈りましょう。

天におられるわたしたちの父よ、

み名が聖とされますように。

み国が来ますように。

みこころが天に行われるとおり地にも行われますように。

わたしたちの日ごとの糧を今日もお与えください。

わたしたちの罪をおゆるしください。わたしたちも人をゆるします。

わたしたちを誘惑におちいらせず、

悪からお救いください。

国と力と栄光は、永遠にあなたのものです アーメン

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