ドイツの脱原発完了と日本の原発推進政策

「GX脱炭素電源法」の可決・成立

2023年5月31日、参議院本会議で「GX脱炭素電源法案」が可決されました。これは、エネルギー政策に関する5つ(原子力基本法、原子炉等規制法、電気事業法、再処理法、再エネ特措法)の法律で、原発と再生可能エネルギーという、異なる論点を一緒くたにした束ね法です。2月28日の閣議決定から参院可決までの短期間に、日本のエネルギー政策の大転換となる重要な法案を、一括審議という形で、十分な審議をしないまま可決してしまいました。東京電力福島第一原子力発電所の事故後、原発の利用には抑制的であった原子力政策の大転換です。

どれを取っても、私たちの暮らしやいのちに関わる重要な法律です。時間をかけて慎重に、広く深く審議しなければならないものです。しかしながら、束ね法案の一括審議という乱暴なやり方によって、学者や技術者、専門家を初め、多くの国民の声が封じ込まれてしまいました。

真逆の選択/脱原発を完了したドイツ

2023年4月15日、ドイツは稼働していた最後の原発3基を送電網から切り離し、脱原発を完了させました。これは、東京電力福島第一原子力発電所の事故を受けての決断です。福島第一原発の事故は、日本よりむしろドイツのエネルギー政策に大きな影響を与えたのではないかと思います。福島第一原発事故を経験した当事国であるにもかかわらず、原発推進への道を選択した日本とは真逆の選択です。

脱原発を可能にした背景には、前首相のアンゲラ・メルケルさんが、脱原発に大きく舵を切ったことと、それを後押しした市民の声が挙げられます。

安全なエネルギー供給に関する倫理委員会(以下「倫理委員会」)の設置

当時首相だったメルケルさんは、東日本大震災のニュースを多忙な時間を割いて見ていたと伝えられています。福島第一原発の爆発にメルケルさんは、技術水準の高い日本でさえこのような事故を防ぐことができない、と大きな衝撃を受け、原発事故の4日後には、30年以上稼働していた原発を直ちに停止させました。

そして、2011年4月に「倫理委員会」を設置し、原子力エネルギー政策の将来の方向性についての議論・検討を求めました。同時に、「原子炉安全委員会」には、異常事態に対する原子炉の耐久性についての緊急検査を指示しました。両委員会には、2か月以内に答申を出すよう求めました。

「倫理委員会」は、次世代に及ぼす影響、他国への影響、リスクの問題、放射性廃棄物の問題などについて、倫理的な観点から議論を重ねました。注目したいのは、17人からなる「倫理委員会」のメンバー構成です。極端な賛成派、反対派、原子力の専門家を入れず、宗教や哲学、経済、社会学、化学メーカーなどの分野から選ばれた人たちです。原子力の専門家やその利害関係者を入れなかったことには大きな意味があり、この委員会の意図を明確に示しています。すなわち、エネルギー政策やどのエネルギーを使うかを決めるのは国でも電力会社でもなく、それを使う社会、人々であるということです。「倫理委員会」は、委員会内での審議を重ねるのと並行して、さまざまな地域の、さまざまな分野の人を招いて公開討論会を開いています。

「原子炉安全委員会」は、自然災害だけでなく、飛行機などの落下、テロによる攻撃など、様々な事態を想定して、安全性のチェックをしました。

「原子炉安全委員会」と「倫理委員会」の結論

「原子炉安全委員会」は、ドイツの原発は福島第一原発より安全性が高く、全ての原発を停止する必要はない、との結論に達しました。

一方「倫理委員会」は、原子力は倫理的ではない、倫理的なエネルギー政策を目ざすのであれば、脱原発に転換すべきである、との結論に達しました。

以下は、「倫理委員会」が提出した報告の要旨です。

  1. 原子力発電所の安全性が高くても、事故は起こりうる。
  2. 事故が起きると、他のどんなエネルギー源よりも危険である。
  3. 次の世代に廃棄物処理などを残すことは倫理的問題がある。
  4. 原子力より安全なエネルギー源が存在する。
  5. 地球温暖化問題もあるので、化石燃料を代替として使うことは解決策ではない。
  6. 再生可能エネルギー普及とエネルギー効率化政策で、原子力を段階的にゼロにしていくことは、将来の経済のためにも大きなチャンスになる。

(「ドイツ脱原発委員会報告 社会共同によるエネルギーシフトの道すじ」より)

脱原発を後押しした市民の声

ドイツで原発による発電が開始されたのは1961年ですが、1970年代になると反核、反原発、環境の保全などを掲げる市民運動が盛んになりました。キリスト教会が、原発は倫理の問題であると表明し始めたのもこの頃です。

このような情勢を背景に、1979年に環境政策に重きを置く緑の党が政党として結成され、政権に加わった緑の党は脱原発を強く主張するようになりました。福島第一原発の事故後の選挙では大幅に得票数を伸ばし、各地でくり広げられた市民運動と共に、脱原発路線への力強い後押しになりました。

メルケル前首相の決断

もともとメルケルさんは、前政権の脱原発路線を転換し、原発の運転期間の延長を決めた原子力推進派でした。そのメルケルさんが、「倫理委員会」の答申や市民の声を受け、それまでのエネルギー政策を180度方向転換し、脱原発を決断しました。

2011年11月の連邦議会でメルケルさんは、「福島の事故は、原子力についての私の考えを変えた」と述べています。これは、物理学者でもあるメルケルさんの率直な思いで、前向きな敗北宣言かも知れません。 

レムケ環境相の言葉

ドイツの原発は安全、とする「原子炉安全委員会」の答申にも拘らず、ドイツは脱原発への道を選び、完了させました。完了後も、産業界、経済界に与える影響、廃炉の問題、放射性廃棄物の問題、電力の安定供給の問題、電気料金の問題などたくさんの課題を抱えています。脱炭素化のためには原発は必要だとして、原発全廃に反対する声も根強くあります。

しかし、最後の原発を停止させた時に、シュテフィ・レムケ環境・自然保護・原子力安全・消費者保護大臣(緑の党)は次のように述べています。

電力の安定供給や価格などをめぐり、国内外でさまざまな論争がありました。それでも脱原発を決めたのは、原発のリスクは計り知れない、脱原発は自国の安全とさらなる核廃棄物の発生を避けるためです。

2023年4月23日 毎日新聞・経済プレミアより

倫理的観点からの議論

ドイツは原発政策を考える時、倫理的な観点をとても大切にして議論を重ねました。一方、日本の議論には、倫理という観念がないがしろにされています。これは、人のいのちの軽視につながります。人々の声に聴き、何よりも市民のいのちを優先したドイツとは違います。

巨額を投下し続けている核燃料サイクル事業は破綻し、放射性廃棄物処分の問題も目途は立っていません。それにもかかわらず、老朽化した原発の長期運転や原発に関わる産業の支援強化、原発の新増設をも視野に入れたGX脱炭素電源法を可決しました。原子力の利用を永久化するような法律が作られてしまったと言えます。いのちの軽視としか思えません。

原発を推進しようとする人たちは、経済性や利権を優先するあまり現実から目を背け続け、将来のあるべき姿を想像することさえ出来ずにいます。ここにも、福島第一原発の事故に率直に向き合い、脱原発へと舵を切ったドイツとの大きな違いを感じます。

さて、私たちは

今、問われているのは、福島に学び、ドイツに学び、原発に依存しない社会づくりです。

日本は化石燃料には恵まれていませんが、太陽光、風力、地熱、水力を利用した自然エネルギーを生み出すことの出来る、自然豊かな国です。

福島第一原発の事故直後、私たちは、それぞれの地で、それぞれの仕方で電力不足を乗り超えました。省エネに加え、その地に合った再生可能なエネルギーに転換し、それを利用できる制度を作る、或いは、それを可能にするために現行制度を変えることが、原発のない、持続可能な社会づくりの基盤になるのだと思います。

「いのちと原発は共存できない」と確信する私たちは、どのような未来を選び取るべきなのでしょうか。次世代への責任を持つ者としても、私たちは諦めずに声を上げ続けなければなりません。

参考文献:ドイツ脱原発倫理委員会報告(安全なエネルギー供給に関する倫理委員会著)

(文責:原発問題プロジェクト委員・池住圭)