主教教書(22) ご復活の時にあたり

2021年3月29日

主教 フランシスコ・ザビエル 髙橋 宏幸

驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのであろうが、イエスはよみがえって、ここにはおられない」 (マルコによる福音書第 16 章 6 節)

 依然としてコロナウィルス感染症の猛威や恐れ、不安に取り囲まれています。
 数字を見ますと、光が見え始めたかと思うと暗闇の中に放り出されたかのような落ち着きどころの見えない日々を過ごしています。しかも、更なる乱れや心の変化も生じ、振り回されているように感じます。日々の生活や仕事のこと、人間関係のこと等々、問題や不安は幾らでも沸き起こってきます。
 しかし、この状況に在っても、二千年程前、女性たちに投げかけられた天使の言葉「驚くことはない」「恐れることはない」は響き続けます。あの時だけの、今や過去の言葉ではありません。イエス様は復活され、その復活のいのちに今も私たちは包まれているからです。

 当時、亡きイエス様に亡骸の処置に向かった女性たちを包み込んだのは、この「驚くことはない」「恐れることはない」という神様のいのちの言葉です。しかし、当初女性たちは恐ろしさゆえに震え上がり、正気を失っていましたが、それは神様による心の平安と平静と本来の自分を取り戻すことへの入口でした。復活のイエス様がそれまでと変わらず自分たちの傍らに、いのちの営みのただ中にいらっしゃることに気付かされ始めます。

 天使はさらに伝えます。「さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる」と。イエス様は公生涯に入られる際、ガリラヤからヨルダン川へ来られ、洗礼を受けられました。弟子たちをお召しになる時、それはガリラヤ湖を歩いていらした時のことでした。ガリラヤ中を巡り、福音を宣べ伝えられ、人びとの病を癒されました。水をぶどう酒に変える最初の奇跡を行なわれたのも、ガリラヤのカナでした。女性たちに天使は弟子たちへの伝言を授け、イエス様に従い、倣おうとする弟子たちはガリラヤで甦りのイエス様に出会うべく導かれます。ガリラヤ、それは「神様の働きの原点・出発点」と言えましょう。

 かつてイエス様が受難予告をされ、それがとうとう十字架という姿をとったエルサレムでは、弟子たちは恐れと不安のただ中にいました。しかし、ガリラヤという、かつてイエス様と過ごし、働き、教えを授かった場所、「信仰の原点・出発点」は、それまでと一転して励ましに与る、復活の力に与る場所となりました。今は亡き過去の方ではなく、復活のイエス様との再会の場所となります。女性たちも弟子たちも、イエス様の甦りによって驚きと恐れから平安へと引き戻され、導かれ、原点からの再出発を授かりました。

 イエス様のメッセージは「驚くことはない」「恐れることはない」と、とてもシンプルです。しかし、甦りのイエス様に出会った後、一切の悩みや苦しみが消え去ったわけではありませんでした。弟子たちは迫害を受け、過酷な状況に在りました。しかし、復活の恵みと力、勇気と励ましの恵みを注ぎ込まれ、幾多の困難に向かっていかれるように変えられました。復活のいのちに与り始めたからです。

 コロナウィルス感染症の危機が今後いつまで続くのか、専門家でさえ絶対確実な答えは出せないようです。しかし、はっきりしていること、それは復活のイエス様の力に私たちは与っていることです。「驚くことはない」「恐れることはない」というイエス様からの声、なぜなら「わたしが共にいるから」という心をいただいていることです。復活された主イエスと共に、この不安な中に在っても、不安の中に在るからこそ、祈り続け、イエス様との歩みを続けましょう。

 罹患された方がたの回復、医療現場に於いて命がけで献身、従事しておられる方がた、エッセンシャルワーカー、社会福祉施設、高齢者施設、幼稚園、保育園等のお働きと、そこで献身していらっしゃる方がたのお働き、生活上の不安、困難を余儀なくされている方がたへの支え、ご逝去された方がたの魂の平安と悲しみの内にある方がたへの慰め、そしてこの危機の収束を切にお祈り致しましょう。
 また、罹患された方がたへの偏見や差別に陥らぬよう併せて祈ります。

 一日も早い収束と安心、安全が取り戻されることを祈り合いたく切望しつつ、皆さまお一人お一人の、そして世界の平和をお祈り致します。

 

主教教書(21) 礼拝・公祷(会衆参加の礼拝・公祷)の休止継続について

2021年3月5日

主教 フランシスコ・ザビエル 髙橋 宏幸

ここ二回(1 月 7 日付・2 月 17 日付)の主教教書の中、「いのちを守り合うこと」「教会の社会的責任を果たすこと」の二本柱を重んじ、東京都の医療提供体制の警戒レベルが「3」になる迄を目安に礼拝・公祷(会衆参加の礼拝・公祷)の休止継続のことに触れてまいりました。このことは、2月 25 日開催の「拡大聖職会」、3 月 3 日開催の常置委員会でも再確認致しました。ここに再度、礼拝・公祷(会衆参加の礼拝・公祷)の一斉休止解除の要件は、東京都の医療提供体制の警戒レベルが「3」に引き下がる迄であることをお伝え致します。

当初、3 月 7 日を目途に一都三県の「緊急事態宣言」解除の方向でと報道がなされていましたが、東京都の医療提供体制の警戒レベルは依然として「4」のままであり、3 月 3日、日本政府は一都三県に対する宣言解除に付いては二週間程の延期に言及しました。未だに状況は先が見え難く、不安を拭いきれない中に置かれています。

誰もが、一日も早い収束、礼拝・公祷(会衆参加の礼拝・公祷)の再開を願わずにはいられませんが、二本柱を揺るがせないためにも更なるご理解とご協力をお願い申し上げます。なお、東京都の医療提供体制の警戒レベルが「3」になりました際には、礼拝・公祷(会衆参加の礼拝・公祷)再開へ向けましてのお知らせ等を致します。

引き続き、罹患された方がたの回復、医療現場に於いて命がけで献身、従事しておられる方がた、エッセンシャルワーカー、社会福祉施設、高齢者施設、幼稚園、保育園等のお働きと、そこで献身していらっしゃる方がたのお働き、生活上の不安、困難を余儀なくされている方がたへの支え、ご逝去された方がたの魂の平安と悲しみの内にある方がたへの慰め、そしてこの危機の収束を切にお祈り致しましょう。また、罹患された方がたへの偏見や差別に陥らぬよう併せて祈ります。

ウイルスの「変異種」に関する報道もなされ始めております中、皆さまのご健康と安全を心よりお祈り申し上げます。

 

主教教書(20) 大斎節を迎えて

2021年2月18日

主教 フランシスコ・ザビエル 髙橋 宏幸

12月27日(降誕後第一主日)以降、殊に東京都のコロナウイルス感染症の更なる深刻化を鑑み、当初からの二本柱である「いのちを守り合うこと」「教会の社会的責任を果たすこと」を重んじ、東京教区における礼拝・公祷(会衆参加の礼拝・公祷)の休止をしております。緊急事態宣言下でもありますが、既にお知らせしましたように、東京都の医療提供体制警戒レベルが「3」になるなどを目安に、礼拝・公祷(会衆参加の礼拝・公祷)の再開の時期を改めてご連絡したいと考えております。

その中、「大斎節」が始まりました。依然として、多くの制限や制約が求められていますが、大斎節の大事なテーマである「信仰の原点への立ち返り」という意味からも、その過ごし方には重要なものがあります。
イエス様は荒れ野に行かれ、四十日間を過ごされたことが福音書に記されていますが、それは「神様の霊によって」のこと、神様に従われたゆえのことでした。そこでイエス様は、黙想と祈りの中で徹底して神様と向き合い、語り、聴かれ、問われたはずですが、悪魔の誘惑を打ち破られただけではなく、神様の思いをご自分の思いとされるという決断、決心をされました。
今、世界中は、「荒れ野」の中にいる状況とも言えましょう。社会には今のコロナ禍の状況を指して「神の審きである」「神は見捨てた」等々の声も決して皆無ではありません。しかし、イエス様に於いて荒れ野は、決して神様から見放され、見捨てられた場所でも、神様の手の及ばない場所でもありませんでした。

今、私たちは荒れ野の中のような状況にありますが、大斎節には徹底して神様と向き合い、神様に聴く、そして、神様の御心と働きが一層為される場所としての自覚が求められていると言えましょう。私たちが、その中でどう生活するかが、例年以上に問われているはずです。キリストの教会である一人一人には、荒れ野の中から語らねばならないこと、荒れ野の中でだからこそ深められなければならない信仰生活のあり方が与えられているはずです。

クリスチャンとして神様からのお召しを戴いている私たちは、自分をではなく神様を語り、神様のご用を果たしていくことが神様から与えられているということを、危機の中にあればこそ改めて思い起こしたいと思います。制限、制約、我慢を強いられている中で失うものばかりではなく、荒れ野のイエス様に思いを寄せることを通して、改めて得るもの、気付かされるものも多くあるはずです。
今こそ私たちは、一層互いに励まし支え合う、祈り合う、そのような生き方を求められているのではないでしょうか?

イエス様の荒れ野での祈りと黙想、ご受難、ご復活に向かって私たちはイエス様と、そして、イエス様も私たちと歩んでおられるからこそ、いつ如何なる時にも喜びを見出し、喜びを分かち合っていかれますよう、それがどれ程細やかな、小さな喜びであったとしても、見出し合い、分かち合えますよう祈ります。それは、神様の喜び、イエス様の喜びとなり、イエス様を独り荒れ野に置き去りにしないことにもなるからです。

私たちは異なった場所で献げる祈りも、それは教会共同体の祈りとなり、連帯を形作り、主イエス・キリストと父なる神様との交わりに重ね合わされ、聖なる献げものとされます。そこで、引き続き、主日正午、お昼時の忙しい時間ですが一旦手を止め、心と言葉を合わせて、主イエス・キリストが授けてくださった「主の祈り」をそれぞれが居られる場所で、捧げ合いたいと思います。私自身も祈ります。皆さまもご一緒にお祈りください。他の方々にも祈りに加わってくださるよう、お知らせとお勧めをお願い申し上げます。
また、困窮している方がた、多大な負担を余儀なくされている方がたが優先され、最善の措置が図られることも祈りに加えたいと思います。そして、これからもより良い行動に努めたいと願います。

罹患された方がたの回復、医療現場に於いて命がけで献身、従事しておられる方がた、エッセンシャルワーカー、社会福祉施設、高齢者施設、幼稚園、保育園等のお働きと、そこで献身していらっしゃる方がたのお働き、生活上の不安、困難を余儀なくされている方がたへの支え、ご逝去された方がたの魂の平安と悲しみの内にある方がたへの慰め、そしてこの危機の収束を切にお祈り致しましょう。
また、罹患された方がたへの偏見や差別に陥らぬよう併せて祈ります。

この度、全教役者の手による「み言葉と歩む大斎節」を黙想の手引として活用戴き、また、そこに付されております推薦図書、映画等もご覧戴くなどして、大斎節の霊の糧にして戴ければ幸いです。
ワクチン接種のニュースが流れ始めました。一日も早い収束を祈り合いたく切望しつつ、皆さまお一人お一人の、そして世界の平和をお祈り致します。

「荒れ野よ、荒れ地よ、喜び躍れ 砂漠よ、喜び、花を咲かせよ 野ばらの花を一面に咲かせよ。花を咲かせ大いに喜んで、声をあげよ。砂漠はレバノンの栄光を与えられカルメルとシャロンの輝きに飾られる。人々は主の栄光と我らの神の輝きを見る。弱った手に力を込めよろめく膝を強くせよ。心おののく人々に言え。雄々しくあれ、恐れるな。見よ、あなたたちの神を。敵を打ち、悪に報いる神が来られる。神は来て、あなたたちを救われる」 (イザヤ書 第 35 章 1~4 節)

主教教書(19) 緊急事態宣言再度発令の中にあって

2021年1月7日

主教 フランシスコ・ザビエル 髙橋 宏幸

東京都のコロナウイルス感染症の更なる深刻化を鑑み、「いのちを守り合うこと」「教会の社会的責任を果たすこと」の当初からの二本柱に則し、12 月 27 日(降誕後第一主日)以降、会衆参加の礼拝・公祷休止が継続されております。
その中、本日 1 月 7 日、東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県に「緊急事態宣言」再発令が決定されました。また、専門家からは「感染爆発」という発言もなされています。期間は一ヶ月程とされておりますが、今後の確かなことは不明な折でもあります。これらを受け、これまでにも注意に注意を重ねてこられた中、一層の冷静さと落ち着いた生活をお祈り申し上げますとともにお願い申し上げます。

会衆が集えずとも、教役者は教会、礼拝堂を代表し礼拝と祈りを各教会、礼拝堂で守っております。このことはキリストの教会と全世界のための祈り、信仰の業でもあります。決して、教区内の全教会、礼拝堂から一切の礼拝や祈りが消えたわけではありません。
今後も祈祷書中の諸礼拝、祈りなどを用いて、神様との交わりの時を持たれることをお勧め致します。自宅で祈られることも、命を守り合うことに通じる大切なことです。

種々の方法による信徒の方がたへのケアと祈りなど、教役者各々の賜物を活かした形での聖務遂行を切にお願い致します。
今後も引き続き、教会運営に支障のない限り、種々の会合は自粛を要請致します。

私たちは異なった場所で祈りを捧げるとしても、その祈りは教会共同体の祈りとなり、祈りの輪、連帯を形作り、主イエス・キリストと父なる神様との交わりに重ね合わされ、聖なる捧げものとされます。引き続き、主日正午、お昼時の忙しい時間ですが心と言葉を合わせて、主イエス・キリストが授けてくださった「主の祈り」をそれぞれが居られる場所で、捧げ合いたいと思います。私自身も祈ります。皆さまもご一緒にお祈りください。他の方々にも祈りに加わってくださるよう、お知らせとお勧めをお願い申し上げます。

「当たり前」と思ってきたことが実は当たり前ではない中、めまぐるしい技術革新なども相まって、さらにスピードアップしている社会・経済の変化の中で「いったん立ち止まる」ことも通して、見逃してきたこと、聞き逃してきたこと、忘れていたことなどを見直し、考え直す機会ともしたいと思います。

困窮する方がた、また多大な負担を余儀なくされている方がたが優先され、最善の措置が図られることも祈りに加えたいと思います。そして、より良い行動に努めたいと願います。

罹患された方がたの回復、医療現場に於いて命がけで献身、尽力しておられる方がた、エッセンシャルワーカー、社会福祉施設、高齢者施設、幼稚園、保育園等のお働きと、そこで献身していらっしゃる方がたのお働き、生活上の不安、困難を余儀なくされている方がたへの支え、ご逝去された方がたの魂の平安と悲しみの内にある方がたへの慰め、そしてこの危機の収束を切にお祈り致しましょう。
また、罹患された方がたへの偏見や差別に陥らぬよう併せて祈ります。

「見よ、闇は地を覆い、暗黒が国々を包んでいる。しかし、あなたの上には主が輝き出で、主の栄光があなたの上に現れる」 (イザヤ書第 60 章 2 節)

主教教書(18) コロナウイルス感染症の最近の状況の中で

2020年12月19日

主教 フランシスコ・ザビエル 髙橋 宏幸

各教会・礼拝堂におかれましては、既にクリスマスに向けての出来得る限りの備えと工夫を重ねに重ねて進めてこられたことと思います。
しかしながらここ数日、殊に東京都におけるコロナウイルス感染症数、陽性率の激増を目の当たりにしております。また、12 月 17 日には医療提供体制警戒レベルは、最も深刻な「体制が逼迫している」(レベル 4)に引き上げられました。クリスマスへ向けて種々の備えをしてこられた一方で、不安や迷いも増しておられることと思います。

そこで、イブ礼拝、及びクリスマス礼拝については休止の可能性も含め再検討をお願い致します。但し、これまで入念に準備をしてこられたことも配慮し、礼拝をおこなう際には一層の予防と気持ちの引き締めをお願い致します。
なお、12 月 27 日(降誕後第一主日)以降、首都圏、殊に東京都のコロナウイルス感染症の最近の深刻化を鑑み、当初からの二本柱である「いのちを守り合うこと」「教会の社会的責任を果たすこと」を重んじ、医療提供体制警戒レベルが「3」になる迄を目安に、礼拝・公祷(会衆参加の礼拝・公祷)を休止と致します。


但し、教会・礼拝堂の全ての営みの休止、あるいは閉鎖ではなく、以前にもお伝えしましたように、私たちキリストの教会は祈りを止めることは決してあり得ません。今は私たちにとって信仰の鍛錬、霊的闘いの時でもありますが、同時に聖パウロが力強く伝えていますように「御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい」「あなたは、どんな場合にも身を慎み、苦しみを耐え忍び、福音宣教者の仕事に励み、自分の務めを果たしなさい」への一層の応答の時にもなるはずです。

再度の礼拝・公祷休止により会衆が集えずとも、教役者は教会、礼拝堂を代表し礼拝と祈りを各教会、礼拝堂で守っております。従いまして、教区内に全ての教会、礼拝堂から一切の礼拝や祈りが消えたわけではありません。このことは教役者個人の霊的養いや訓練に止まるものではなく、キリストの教会と全世界のための祈り、信仰の業でもあります。

また、それぞれの場所での一人一人の祈りの内にキリストと繋がり一致を求めることは、教会の大切な伝統です。この困難な時こそ、み言葉を一層深く聴き、み言葉に仕え、宣べ伝えるという使命を忘れることなく、様々な不安や戸惑いを乗り越え、感染拡大を防ぐべく、私たちはキリスト者として各々の場所で一人で祈っている時でさえも、主イエス・キリストの体である一つの共同体に結ばれて続けているという信仰を共にし、確かめ合いたいものです。個々の信仰や霊性の大切さももちろんですが、そこだけに止まらず互いの配慮、「God First You Second I Third」を、キリストにある私たちの一致の指標にしたく願います。
そのためにも、今後も引き続き、祈祷書の「朝の礼拝」「朝の祈り」「聖書日課」などを用いて、神様との交わりの時、祈りの時を持たれることをお勧め致します。自宅で祈られることも命を守り合うことに通じます。

前回の礼拝・公祷休止の際にも各教役者によるホームページ等を活用した配信、メールやFAX、郵送による説教送付、また手紙や電話による信徒の方がたへのケア、祈りと黙想、み言葉に向き合う時間の増加など、教役者各々の賜物を活かした形での聖務遂行を切にお願い致します。
また、12 月 27 日(降誕後第一主日)以降の礼拝・公祷の再度休止に伴い、教会運営に支障のない限り、種々の会合は自粛を要請致します。但し、礼拝堂の扉を開けておくことは構いません。ご葬儀は十分な配慮の下、執行は構いません。


私たちはそれぞれ異なった場所で祈りを捧げるとしても、その祈りは決して個々人の祈りではなく、教会共同体の祈りとなり、祈りの輪、祈りにおける連帯を形作り、主イエス・キリストと父なる神様との交わりに重ね合わされ、聖なる捧げものとされます。
そこで、復活日に実施致しましたが、主日正午には、お昼時の忙しい時間ですが、一旦手を止め、心と言葉を合わせて、主イエス・キリストが授けてくださった「主の祈り」をそれぞれが居られる場所で、心を込めて捧げていただきたいと思います。私自身も祈ります。皆さまもご一緒にお祈りください。また、他の方々にも祈りに加わってくださるよう、お知らせとお勧めをお願い申し上げます。

既にお伝えしていますが、万が一感染された方が出た際には速やかに教会、及び教区事務所総主事(下条司祭)宛に通知ください。プライバシーには配慮し対応致します。

罹患された方がたの回復、医療現場に於いて命がけで献身、尽力しておられる方がた、エッセンシャルワーカー、社会福祉施設、高齢者施設、幼稚園、保育園等のお働きと、そこで献身していらっしゃる方がたのお働き、生活上の不安、困難を余儀なくされている方がたへの支え、ご逝去された方がたの魂の平安と悲しみの内にある方がたへの慰め、そしてこの危機の収束を切にお祈り致しましょう。
また、罹患された方がたへの偏見や差別に陥らぬよう併せて祈ります。


み子の訪れによってわたしたちを清め、心の闇を照らしてください。 アーメン


苦渋の選択、決断でありますが、皆さまのご理解、ご協力の程、切にお願い申し上げます。

主教教書(17) ご降誕の時に向けて(Ⅱ)

2020年12月12日

主教 フランシスコ・ザビエル 髙橋 宏幸

 

クリスマスを目の前にする時となりました。既に前文書にも記しましたが、例年、クリスマスは日ごろ教会に来ることができない方がた、信徒ではない方がた等、多くの方がたが礼拝に参加される喜ばしい時でもあります。
しかしながら、現在新型コロナウイルス感染症第三波の勢いは衰えず、日本各地で過去最大の感染者数が更新され続けています。
当初から大事にし続けてきています「いのちを守り合うこと」「教会の社会的責任を果たすこと」は未だ外すことはありませんし、引き続き最優先させてまいります。
殊に「医療現場崩壊」という言葉を耳目にしない日々がない中、自分が感染しないだけではなく、他者に感染させない配慮は信仰の在り方と無縁ではないはずです。

これまでも申し上げてきたことですが、各教会・礼拝堂での慎重に慎重を重ねての最善の備え、対応に感謝申し上げます。礼拝や設備等への調整や工夫を重ねておられる中、慣れていくことが良いものと、「気の緩み」という慣れてはいけないものがある中で、降誕日、顕現節に向かい、教会委員会等で礼拝のあり方や集まりの方法など話し合いを重ねてこられたと思います。インフルエンザへの不安も高まる折ですので、更なる慎重と用心の上、諸々の判断をされますようお願い申し上げます。また信徒、教役者の皆さまには、引き続いて、手洗い手指の消毒、マスクの活用など基本的な感染症予防対策にご留意いただきますようお願い申し上げます。

前述のように「三つの密」を避けるために、例年のような多くの方がたに自由に参加していただく形は難しいことは歴然としています。
各教会・礼拝堂の規模や状況にもよりますが、礼拝回数、礼拝時間、礼拝参加形式への一層の配慮と工夫をお願い申し上げます。
また、例年行なわれています飲食を伴う「クリスマス祝会・愛餐会」は、残念ですが自粛くださるようお願い申し上げます。

今年は、主のご復活を集まって感謝し、祝うことができず、ご降誕も制限のある中でのこととならざるを得ません。物理的、身体的に共に集まることが難しい時であればこそ、「祈りと霊的なつながり」の中に居られる主の働きを信じ、祈り求めましょう。「私たちを今後ひどく襲う危険があるのは、無関心な利己主義というウィルスです」という、フランシスコ教皇の言葉も深く心に留めたいと思います。

これも既にお伝えしていますが、万が一感染された方が出た際には速やかに教会、及び教区事務所総主事(下条司祭)宛に通知ください。プライバシーには配慮し対応致します。

罹患された方がたの回復、医療現場に於いて命がけで献身、尽力しておられる方がたのお働き、エッセンシャルワーカーの方がたのお働き、生活上の不安、困難を余儀なくされている方がたへの支え、ご逝去された方がたの魂の平安と悲しみの内にある方がたへの慰め、そしてこの危機の収束を切にお祈り致しましょう。また、罹患された方がたへの偏見や差別に陥らぬよう併せて祈ります。

み子の訪れによってわたしたちを清め、心の闇を照らしてください。 アーメン

ご理解、ご協力の程、切にお願い申し上げます。

主教教書(16) ご降誕の時に向けて

2020年10月16日

主教 フランシスコ・ザビエル 髙橋 宏幸

未だ収束の見えないコロナウイルス感染症の中、各教会・礼拝堂での慎重に慎重を重ねての最善の備え、対応に感謝申し上げます。
礼拝や設備等への調整や工夫を重ねておられる中、慣れていくことが良いものと、気の緩みという慣れてはいけないものがある中で、降臨節、降誕日、顕現節に向かい、教会員会等での話合いが始められる時期になりました。インフルエンザへの不安も高まる折ですので、更なる慎重と用心の上、諸々の判断をされますようお願い申し上げます。

殊にご降誕の期節には信徒でない方がたも加え、例年多くの方がたの礼拝参加が見られます。しかし、未だコロナウイルス感染症収束の兆しが見えず、加えて第二波への懸念も専門家から出されている中に在りましては、これまでも東京教区が大原則とし、確認し合ってきました「いのちを守り合うこと」「教会としての社会的責任を果たすこと」への対応を考えます時、また引き続き「三つの密」を避けるために、例年のような多くの方がたに自由に参加していただく形は難しいことは歴然としています。
各教会・礼拝堂の規模や状況にもよりますが、礼拝回数、礼拝時間、礼拝参加形式への一層の配慮と工夫をお願い申し上げます。
また、例年行なわれている「クリスマス祝会・愛餐会」は、残念ですが自粛くださるようお願い申し上げます。

なお、主教座聖堂から毎主日に配信しています聖餐式動画は、11月22日(降臨節前主日)をもって一旦休止致しますが、その後の大祝日や教区礼拝の配信は別途検討致します。
今年は、主のご復活を集まって感謝し、祝うことができず、ご降誕も制限のある中でのこととならざるを得ません。物理的、身体的に共に集まることが難しい時であればこそ、「場所でなく場と霊的なつながり」の中に居られる主の働きを信じ、祈り求めましょう。

既にお伝えしていますように、万が一感染された方が出た際には速やかに教会、及び教区事務所総主事(下条司祭)宛に通知ください。プライバシーには配慮し対応致します。

罹患された方がたの回復、医療の最前線で献身、尽力しておられる方がたのお働き、エッセンシャルワーカーの方がたのお働き、生活上の不安、困難を余儀なくされている方がたへの支え、ご逝去された方がたの魂の平安と悲しみの内にある方がたへの慰め、そしてこの危機の収束を切にお祈り致しましょう。
また、罹患された方がたへの偏見や差別に陥らぬよう併せて祈りたいと思います。

主が憐れみをもって、私たちの悩みを顧み、愁いと恐れを取り除き、み顔の光によって私たちに主を仰ぎ見る力と希望を注いでくださいますように アーメン

主教教書(15) 平和を覚えて祈る時に

2020年8月12日

主教 フランシスコ・ザビエル 髙橋 宏幸

殊に8月は「平和」という言葉を数多く目や耳にします。しかし、8月に限らず毎日が「平和」を思い、実現する一日一日のはずです。

「私はあなたたちに平和を残し、平安を与える」と、十字架を目前にされたイエス様は言われました。その「平和」とは、命の造り主なる神様と、造られたものとの間に生み出される命の調和なくしては成り立ちません。また、そのために「まず、神の国と神の義とを求めなさい」と、イエス様は命じられました。

「人類は、一人一人が自分以外の人とも平和に暮らしているので無ければ、本当に平和とは言えない。そして、その平和の源とは、一人一人の中での自分との闘いにかかっている」
ということが、世界中から宗教者が集まった際に言われました。
イエス様の歩みを思います時、ご自身との闘いでもある十字架を通して、神様による平和を創り上げられました。
心を乱し、平安を失いがちな私たちに向けてのメッセージ、「恐れるな、私がいる!」は今も生きておられるイエス様の心、働きそのものです。別名「平和を造り出す器」であるキリストの教会は、いつ如何なる状況に在っても、殊に昨今の大変な状況であればこそ、一層み言葉への信頼と祈りを強め、深めてまいりましょう。

引き続き、各教会・礼拝堂での慎重に慎重を重ねての最善の備え、対応に感謝申し上げます。なお、相変わらず不安な状況が続いていることに加え、熱中症への心配もあります。殊に礼拝参加の際にはこれらの状況に留意され、更なる慎重と用心を重ね判断をされますようお願い申し上げます。
既にお伝えしていますように、万が一感染された方が出た際には速やかに教会、及び教区事務所総主事(下条司祭)宛に通知ください。プライバシーには配慮し対応致します。

罹患された方がたの回復、医療の最前線で献身、尽力しておられる方がたのお働き、生活上の不安、困難を余儀なくされている方がたへの支え、ご逝去された方がたの魂の平安と悲しみの内にある方がたへの慰めをお祈り致しましょう。また、罹患された方がたへの偏見や差別に陥らぬよう併せて祈りたいと思います。

主教教書(14) 礼拝(公祷)再開の中で

2020年7月15日

主教 フランシスコ・ザビエル 髙橋 宏幸



 7月からの「礼拝(公祷)」再開に向け、各教会・礼拝堂での入念な備えを積み重ね、整えてこられたことに深く感謝申し上げます。
 その中、再開間もなく東京都では200名を超える感染者が出る日が続きました。そこで、急なことでしたが主教秘書より「今後の礼拝(公祷)について(継続・休止・様子を見て再検討等)」各教会・礼拝堂での対応を伺い、牧師・管理牧師より速やかな返信をいただきました。
 慎重に慎重を重ね、出来得る最善の備えをしていただいていることに、重ねまして感謝申し上げます。
 この時点で全教会・礼拝堂での「礼拝(公祷)再休止」の通達は致しませんが、各教会・礼拝堂に於かれましては、環境、状況への配慮と話し合いのもとでの対応をお願い申し上げます。どのような状況にあっても神様の計り知れない愛と大きな命のみ手に包まれていることへの確信と祈り、感謝をもって今日の事態に臨んでまいりたいと思います。
 また、罹患された方がたへの偏見や差別に陥らぬよう併せて祈りたいと思います。なお、万が一感染された方が出た際には、速やかに教会、及び教区事務所総主事(下条司祭)宛に通知ください。プライバシーには配慮し、感染経路確認等の上対応致します。なお、教役者が感染した場合には直ちに教会閉鎖と致します。
 礼拝参加の際には、これから夏に向けて熱中症などにも併せてご留意の上、それぞれご判断くださるようお願い申し上げます。
 なお、教会へお運びになれない方がたのために、今後も主教座聖堂からの映像配信はしばらく続けてまいります。
 感染症に罹った方がたの一日も早い回復、医療の最前線で力を尽くしておられる方がたの献身的なお働き、生活上の不安、困難を余儀なくされている方がたへの支え、ご逝去された方がたの魂の平安と悲しみの内にある方がたへの慰め、この危機の収束を切にお祈り致しましょう。
 主が憐れみをもって、私たちの悩みを顧み、愁いと恐れを取り除き、み顔の光によって私たちに主を仰ぎ見る力と希望を注いでくださいますように アーメン

主教教書(13) 礼拝(公祷)再開へ向けて

2020年6月12日

主教 フランシスコ・ザビエル 髙橋 宏幸



 3 月 8 日(大斎節第二主日)より「礼拝(公祷)休止」を続けてきましたが、下記「11 項目」を基にし、7 月からを目標に「礼拝(公祷)再開」への第一段階へ進むことと致 します。 これまでの間、常置委員会、聖職会、各教会・礼拝堂教会委員会等で、礼拝(公祷)の段階的再開へ向けての様々な話し合い、シミュレーション、工夫を積み重ねて頂いております。 しかし、すぐさま礼拝(公祷)休止以前の教会に戻ることは考えられません。「緊急事態宣言」解除は「安全宣言」発令でも「ウイルス消滅宣言」発令でもないだけに、今後も状況を見つつ、慎重、かつ丁寧な備えをして再開へと向かいたいと思います。今後も様々な制約を設けなければなりませんが、それは「神様からの賜物である尊いいのちを守る(守り合う)ため」に、自分だけでなく他の方々のいのちをも守るために、キリストの教会としての責任ある前向きな行動とご理解ください。

「感染防止要件確保の確認」項目として
1)聖堂・礼拝堂の環境(密閉・密集・密接回避の徹底化と確立)
2)手洗・消毒・マスク着用等の適切な対応での礼拝出席 奉仕者の手洗・消毒の徹底 礼拝前の検温
3)礼拝回数・聖歌曲数・礼拝および式次第の工夫(場合により祈祷書の選択的使用の可能性)
4)聖餐式を行う場合の「平和の挨拶」「陪餐方法」(暫く現行方式継続)
5)聖堂・礼拝堂、礼拝用品、礼拝用書等の消毒
6)通常の礼拝出席者数・年齢構成・来会方法(公共交通機関)の確認と対応
7)礼拝出席者の記録(万が一の感染経路確認のため)
8)体調不良時の礼拝出席自粛の促し
9)不安時には、礼拝出席を控えることへの促しと安心感を与える配慮
10)礼拝(公祷)後の速やかな解散(同一日の次の礼拝まで留まらない)
11)愛餐会等飲食の休止継続


・先ずは礼拝(公祷)再開に焦点を置き(第一ステップ)、その他、教会の通常の集会は休止を継続し、再開は今後のステップとすること
・状況を鑑み、再開の日程や方法等について、ある程度教会
・礼拝堂単位の判断を尊重すること
・現状を考慮し、また礼拝(公祷)再開ゆえに、聖餐式に限らず、礼拝形式に差異が生じる可能性があること
・AA等の依存症自助グループ、給食活動等の対社会的、且つ命に関わるものの実施は寧ろ必要であり、十分な配慮、工夫の上実施可能とすること
・主日礼拝のみならず平日の礼拝など、人の出入りについても記録しておくこと

・感染者が出た際には、速やかに教会、及び教区事務所(下条司祭)宛に通知すること (含:二週間以内に教会に来ていた会衆等)その際、プライバシーには配慮し、感染経路確認等の上、対応すること教役者が感染した場合には、直ちに教会閉鎖とすること
・外部の活動に会場提供している場合、それらの団体にあらかじめ「閉鎖の場合」がある旨を通知しておく必要があること関連施設が併設されている場合には、同様の対応をすること

 また、礼拝(公祷)再開の折にも、移動手段なども含め、礼拝出席に不安のある方がたは決して無理をなさらず、出席をお控えいただきますようお願い致します。基礎疾患のある方がたや、重症化率の高いことが統計上判明しているご高齢の方がたには、何よりも「いのちを守る」ため、今しばらく自粛をお願い申し上げます。なお、教会へお運びになれない方がたのために、今後も主教座聖堂からの映像配信はしばらく続けてまいります。

 今後も毎主日正午には主イエス・キリストが授けられた「主の祈り」をそれぞれが居ら れる場所で、共通の信仰的業として捧げることを継続していきたくお願い申し上げます。 誰かのために、何かのためにできること、しなければならないことを祈りの内に聴き続 けたく思います。 併せまして、社会との接点の中での尊いお働き、殊に社会福祉施設、医療施設、高齢者施設、幼稚園、保育園等のお働き、社会生活の営みを支えるお働きをそこで献身していらっしゃる方がた、関係者のためにもお祈りを捧げます。私たちは各々の生活の場にありながらも祈りを通しての繋がり、強さ、そしてその大切さ、キリストの体という共同体の信仰の素晴らしさを深く心に刻んでおります。

 感染症に罹った方がたの一日も早い回復、医療の最前線で力を尽くしておられる方がた の献身的なお働き、生活上の不安、困難を余儀なくされている方がたへの支え、ご逝去された方がたの魂の平安と悲しみの内にある方がたへの慰め、この危機の収束を切にお 祈り致しましょう。

 神の命の息を吹き込まれている私たちですが、先月アメリカで、その同じ人間によって息をできなくさせられた心を痛める悲惨な事件が起こりました。神は全ての人に神の息を吹き込まれ、生きるようにされたにもかかわらず、このような事件が人によって引き起こされたことを心に留め、他人事として済ませるのではなく、私たちの問題、痛みとして悔い改めの祈りを捧げたいと思います。

 私たちは建物としての教会・礼拝堂には集まれずに過ごしてきましたが、祈りの連帯の 内に神の息を頂き、共に生かされている、このことを謙虚に、そして感謝をもって心に 刻みたいと思います。

 主が憐れみをもって、私たちの悩みを顧み、愁いと恐れを取り除き、み顔の光によって 私たちに主を仰ぎ見る力と希望を注いでくださいますように  アーメン