その時は突然やってきた
ーあの日の出来事は 今も続いているー

主教 アンデレ 大畑 喜道

 久しぶりに教会の草むしりをしました。毎年花を咲かせていてくれた草が枯れてしまってがっかりし、新しい花を植えようと思い立ったからです。そうしたら枯れ枝だと思っていた所から新芽が吹き出していたのです。いままでは草に覆われていてしまって、雑草に妨害されていましたが、今はすっかりきれいになりました。また花を咲かせ心を和ませてくれることを心待ちにしています。それと同じように、私たちには神様からの大きな恵みが与えられています。聖霊の働きが今日もあることを確認したいと思います。神様はいつも私たちを喜びに充ち溢れさせ、疲れた私たちを癒してくださいます。しかしこれに対抗するかのように、この恵みを妨害しようとする力が働きます。それは自分自身の中でも働いています。時に様々な困難に遭う時、「もう駄目だ」諦めの心が沸き起こってきます。
  神はどんな試練の日にも、私たちを励まし、力づけ、出発させてくださいます。「聖霊来て下さい。」と本気で祈るならば、すべての人に聖霊が働き出します。そして私たちの想像を超えて、努力してきたこと、人のわざを吹き飛ばしてくださいます。圧倒的な神の霊による恵みが実現します。目の前でイエスが十字架で殺されたとき、弟子たちは、もう絶対無理だと諦めました。イエスの宣教が失敗したから、もうこの世に救いはない。みんなが絶望しているその現場に、「突然激しい風が吹いてくるような音が天から聞こえた。」と聖書は伝えています。神からの一方的な恵みです。誰もそれを予想して待っていませんでしたが、突然に降ってきたのです。神からの霊が「安心しろ、大丈夫だ。私が働く。怯えるな。」という音が天から響き、弟子たちの上に注がれたのです。その出来事は過去のことではなく、今もここで起こっていることです。私たちは諦めの心を払拭することができます。勿論、自分だけの力でそれを解決しようとしても無理です。聖霊を願うしかありません。人それぞれに大きな悩みもあるでしょう。迷いや悲しみが、絶望が心を支配してしまっている人もいるでしょう。神様に敵対する悪の力は、人を恐れさせて、無理だと思わせます。しかし教会には聖霊が働きます。聖霊の喜びに満たされます。もう駄目だ、無理だという時にこそ聖霊の力を信じてやって行く。教会は今日までずっとそれを信じ続けてきたのです。教会の誕生以来一日も欠けることなく続いてきたのです。想像をはるかに超える神の力を信じ続け、その喜びを世界に発信し続けて行きましょう。

(東京教区時報コミュニオン第4号より抜粋)