東京教区フェスティバル2001説教

-神の代理人-

主教 植田仁太郎

主教という恐れ多い職務を与えられて五ヶ月になろうとしています。前主教竹田主教の強いお勧めがありまして5月に東京教区の姉妹教区であるメリーランド教区を訪問し、教区の方々、また、教区主教のイーロフ主教と親しくお交わりする機会を与えられました。私たちの姉妹教区では、主教たる者はどういう役割をどのようにこなしていらっしゃるか、ちょっと勉強して来い、という竹田主教の私に対する親心だったと思います。それで、教区会で三〇〇人ぐらいの聖職や信徒の方々がお集まりの折りに、挨拶をさせられましたので、「イーロフ主教から色んなことを学ぶようにということで参りました。しかし皆さんからは、イーロフ主教のこういう所をマネしてはいけない、という所をぜひ教えていただきたい」と申しましたら、会場から大喝采を受けました。新米主教として、皆さんにも同じことをお願いしたいと思います。「竹田主教のこういう所はマネをしてはいけない」ということを教えていただきたいと思います。

いずれにしましても、誰も、他の主教方も、主教というものは、こうあるべきですということを教えてくれませんし、あるいは、あいつは、言ってもとても聞かないだろうとあきらめられているのかも知れません。それで、今のところせめて大変尊敬しておりました竹田主教にならおうと努めている次第です。竹田主教は一二年余にわたって教区と私共を指導してこられて数々の貢献をして下さいましたから、少なくとも、それを充分に引き継いでゆかなければならないと思っています。もっとも、この場は、教区会の演説の場ではありませんので、引き継ぐべきことのひとつひとつには立ち入りませんが、多分、竹田主教も就任早々の頃は教区全体をどういう姿勢にすることが、神の御心に叶うことになるのか、ずいぶん祈られ、そして考えられたのだろうと思います。最近教区の宣教委員会の方々から教えられたことですが、竹田主教が就任なさってすぐに出席されたランベス会議(一九八八年)から、いろいろなヒントや洞察を得られたようです。ランベス会議というのは、ご存知のように全世界の聖公会の主教が一同に会する一〇年に一度の会合です。竹田主教は就任間もなくこの会議に出席されています。
で、私もそれにあやかろうと、その一〇年後、つまり、一九九八年に開催されたランベス会議の報告書というのを読み始めました(つい最近、二年越しの翻訳作業が終わって日本語にもなっています)。全世界の主教さん―恐らく五、六百人という数になるのではないかと思いますが―が約三週間かけて討議したことの報告書なんですが、まア決して読み易いものでもないし、読んでいてワクワクするという読み物でもないので、あまりおススメできませんが、主教というのは、あるいは、教会というのは、こんなにも多方面に注意を向けなければならないのかと、呆然としてしまうほどいろんなことを討議しております。そして何と一〇七項目にわたる決議を採択しております。その決議は、聖公会の教義や礼拝についてばかりではなく、世界情勢のあれこれ、世界経済や社会問題、世界人権宣言や核問題、安楽死やホモセクシュアルの問題、他の教会や他の宗教との関係についてなど、あらゆる分野にわたっています。そのあらゆる問題に、神さまの導きを祈り、神さまの御心に叶う教会の働きができるように各教会に励ましを与えています。ランベス会議という聖公会の全主教が集まる会議は、まさに、できる限り、神さまの意志をこの世界で神さまに代わって実行しようとしているようです。私たちが、神さまの忠実な僕となろうという努力の中で、そうしているのだと思います。

ところで、今日福音書に選びましたルカ福音書の一節は、この神の忠実な僕とはどうあるべきかについてイエスが語られたたとえ話が伝えられています。
イエスのたとえはいつもそうですが、前後の関係なく、一種の永遠の真理を易しく解説したという形ではなく、必ずある人間関係や社会的関連の中で、その場にふさわしい教訓として語られます。いつ、どこにでも通用する格言としてではなく、ある特別な場面への特別な教訓という意味でたとえ話が語られています。ですから、それと似たような場面、似たような関係の中で、現代にも意味があるのです。永遠の真理であるから、現代にも通用するのではなくて、現代にも同じような場面があるので、イエスのたとえ話が現代にも通用する真理となってゆくのです。
先程読みましたたとえ話は、マルコによる福音書に記録されているものを読みましたが、同じたとえ話をルカは、もうちょっと想像力を働かして書き改めています。それによりますとこのぶどう園の農夫のたとえは、「民衆」に対して語られていますが、実際にこの話を聞かせたい相手は、民衆ではなくて、民衆の中にまじって聞いている律法学者や祭司長だったようです。この話の最後のところに、『そのとき、律法学者たちや祭司長たちは、イエスが自分たちに当てつけてこのたとえを話されたと気づいたので』(ルカ ・ )イエスに手を下そうとしたと書かれていますから、イエスは一般の民衆に話すような格好をしながら、律法学者や祭司長たちを批判した、ということになるでしょう。
その律法学者や祭司長たちを批判することになったたとえというのはこういうことでした。ぶどう園の主人が、収穫の時期になったのでぶどう園で働いている農夫たちの所へ次々と使者を送り込みます。ところが、その農夫たちはそんな使者のことなどまるで聞こうともしない、そして、ついに主人は息子を送り込みますが、農夫たちは、その息子に従うどころか殺してしまった、というストーリーです。そして、これは典型的なイエスの語り口ですが、「だから、こうしなさい」とみずから教訓を仰有るのではなくて、「さて、皆さんは、この物語をどう受け取るだろうか?」と聞いている人々に問いを投げ返します。『ぶどう園の主人は、このとんでもない農夫たちをどうするだろう』というのがイエスの問いです。つまり主人の代理人である使いの者や息子を無視したり、いじめたり、殺してしまった農夫たちを、主人はどう扱うだろうかというのが問いです。今、私は主人の使いや息子を「代理人」と呼びましたが、実は、農民自身も主人の代理人であるわけです。ぶどう園を主人になり代って面倒を見るように命じられ雇われているわけですから、ぶどう園の運営を任されているという点では、やはり、ぶどう園の主人、オーナーの代理人に違いありません。ですから、一群の代理人が、同じ主人から遣わされたもう一群の代理人を無視したり、いじめたり、殺してしまった場合、その主人はどういう手を打つだろうか、というのがこの物語をとおしてのイエスの問いです。
そして先程申したように、この物語を聞いていた「律法学者や祭司長たちは、イエスが自分たちに当てつけのたとえ話をされたと気付いたので」「イエスに手を下そうとした」と記されています。つまり傍若無人に振舞った一群の代理人というのは「お前達のことだぞ!」とイエスが指摘されたので、律法学者・祭司長たちはカーッときたわけです。何故カーッときたのでしょうか。何故「そういうこともあるワナ」と軽く聞き流せなかったのでしょうか。
第一に、律法学者・祭司長たちは、自他ともに認める「神の代理人」だという確信があったからです。律法をとおして与えられた神からの規範に、誰にも優って最も忠実に、そして厳密に従っている自分たちこそ、神の代理人であると確信を持っていたからでした。
第二に、だからこそそういう自分達に神がもう一群の他の代理人を差し向けて、とやかく言ってくるなどということはあり得ないと、これまた確信していたからでした。自分たちこそ、神からぶどう園の運営の一切を任されている代理人だから、他の代理人と称する者たちにとやかく言われる筋合いではないと、自信を持っていたからでしょう。彼らが怒った決定的な第三の理由は、イエスがみずから投げかけた問いに、あるヒントを与えたからでした。そのヒントというのは「主人はこの農夫たちを殺し、ぶどう園を、ほかの人たちに与えるにちがいない。」というのがそれです。「殺す」というのは穏やかではありませんが、要するに、ぶどう園管理の代理人の総入替えという手を打ってくるのが普通じゃないかな、というのが、イエスの与えたヒントです。
ある一群の代理人が主人の言うことを聞かず、反抗してくるなら、その代理人たちをクビにして、総入替をするというのが普通じゃないかナと仰有います。つまり律法学者・祭司長たちは、神の代理人であるという特権を剥奪されることになるのが普通じゃないかナと仰有ったからカーッときたわけです。

教会の伝統的な、このたとえ話の解説は、ここで終わってしまいます。そうだそうだ、イエス様の言うとおりだ、律法学者・祭司長たちは、イエス・キリストの福音を理解しようとせず、ついには神の御子であるイエス・キリストを十字架に付けて殺してしまったんだから、もう神の代理人ではなくなるのは当然だ、イエス様はそれに代って――ユダヤ教指導者たちを総入替して―イエス様に従う教会をその代理人にして下さったんだ――と、こう解釈しました。この解釈は本当にそれでいいのでしょうか。
「神の代理人」―これは、ローマ法王に対して、世俗の世界がやや皮肉を込めてつけた称号です。ローマに在住して、ローマ史やイタリア史に題材をとった沢山のノン・フィクションを書いている女性の作家で、塩野七生という方がおり――私は大好きですが――その方が歴代のローマ法王の物語を書いた本の名前も「神の代理人」というタイトルです。自他共に「神の代理人」としての役をこの世界で演じているのがローマ法王だというわけで、ローマカトリック世界とその影響のもとにある人々にとってはまさにそのとおりでしょう。それは、イエスがペトロに対して「あなたはペトロ、わたしはこの岩の上に教会を建てる・・・わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。」(マタイ ・ ~ )と仰有ったという故事に、その起源があるのですが、本当にイエスがそう仰有ったのかどうか、現代の新約学者は、かなり疑わしいとにらんでいます。
いずれにしても、見事、教会は、律法学者・祭司長になり代って、「神の代理人」の座に着くことになりました。ローマカトリック教会だけが法王を中心に神の代理人になり代ったというわけではありません。プロテスタント教会も、ただ法王だけが「代理人」だというのはおかしい、怪しからん、と言っているだけで、自分たちも牧師や長老を中心に、いわば神に代って神のみことばを発する神の代理人だと主張しています。
わが聖公会は、主教たちこそ、イエスの使徒の継承者で、神と信仰にかかわることを一切代行している、つまり神の代理人であると暗に主張しています。先の全聖公会の主教たちの会議であるランベス会議は、そうあろうとする姿勢がありありと見えます。

しかし果たしてそうでしょうか。先程、イエスのたとえ話の真実は、今日も同じような状況があるから、今日にも、あるメッセージを伝えているものだと申しました。そういう意味で、このたとえ話を謙虚に読めば、神は一旦定めた神の代理人たちの他に、他の代理人を次々と任命して神の命令と意志とを伝えるものだ、ということを教えています。仮に、教会が神の代理人という役割を与えられているとしても、神はいつでも、その他の代理人をいくらでも派遣なさる方だヨ、ということをまず言っていると思います。そして、もともとの代理人が、新たに派遣された代理人を無視したり、いじめたり、追い返したりした場合には、神は平気でもとの代理人をクビにして、総入替してしまうような方だヨということも言っていると思います。
今日、私たちは、教会に連なりつつ、さらに社会との関わりの中で、様々な奉仕をされている方々やグループを憶えようとしています。その方々は、その活動の中で、教会では聞くことのできない声や叫びや訴えを聞かれることもあるでしょう。教会の方々とは全く異質な環境で生きていらっしゃる方々と接することもあるでしょう。今までの自分の生活の中で感じたことのない悩みや喜びを持っていらっしゃる方と出会うこともあるでしょう。
神は、いつでも、いろんな代理人を私達のところに寄こします。その代理人は、他の宗教の衣を着けているかも知れません。他に頼るところの無い怪し気な外国人の装いをしているかも知れません。どこにでもいらっしゃる子育てに悩んでいる母親の姿をしているかも知れません。そして、私たちか、私たちがそうであると確信している代理人、あるいは僕の努めを果たしているかどうかを問い質します。
今日のイエスのたとえ話は、教会の在り様を正当化するための話ではなくて、私たちに反省を迫る話だと思います。私たちが神の代理人の役を果たせない時には、神さまはいくらでも他のグループ、他の宗教、他の人々を神の代理人としてお立てになるということを示しております。
ランベス会議に集まった主教たちが、凡そこの世界のあらゆる問題について発言し、また祈り求めざるを得なかったということは、そういう神さまへのひとつの応答をしようという努力だと信じております。東京教区につらなる各教会が神さまから託された努めを果たしつつ、なお、次々と送られてくる神の代理人の声を良く聞く、そういう教会になってゆきたいと思います

The Easter Massage from our new Bishop Jintaro UEDA

そこでお目にかかれる

 マルコによる福音書16章7節に記されていることばです。イエスの墓を訪ねた女性たちに対して、見知らぬ若者が「あの方は、あなた方より先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる」と教えてくれたということです。

 私の親しくしていたあるカトリック修道会のシスターに、かつて私がバチカンで教皇にお会いした時の写真を見せましたところ、そのシスターは、「教皇様はどうでもいいの。ただ『あの方』にお会いしたい」と仰有っていたのを想い出します。慎ましやかなシスターの眼が輝いていました。

 イエスの墓の傍らに座っていたという見知らぬ若者と、その若者が語ったことばは、含蓄に富み、私たちの信仰的想像力を掻き立てます。あのイエスを慕って止まないシスターも、「お目にかかれる」場所を生涯目指しているに違いないと思いますが、現代のガリラヤとはどこでしょうか。どうしてイエスは私たちより先に行っているんでしょうか。そのことを私たちに伝えた(現代の)見知らぬ若者とは誰のことでしょうか。

 みんなで「そこ」を捜したいと思います。生きて働いていらっしゃるイエスを捜しましょう。確かなことは、イエスは「そこ」に先回りされていることです。

東京教区主教就任式

3月31日(土) 午後1時半
立教女学院聖マリア礼拝堂で

主教 ペテロ 植田 仁太郎

  • 1940年生まれ(60歳)。聖マーガレット教会出身。
    1963年立教大学卒業。
    1968年立教大学大学院修士課程修了、聖公会神学院聴講生修了。
    この間、英国、ドイツ、スイス留学。
  • 1968年執事按手、1986年司祭按手。
    聖マーガレット教会、聖三一教会、聖ペテロ教会などの主日勤務。
    1986-88年吹@ 聖愛教会牧師補、聖アンデレ教会副牧師(非常勤)。
    1981-88年  アジアキリスト教協議会出向、
    1988-94年  管区事務所(総主事)出向。
    1994-2001年 アジア学院(校長)出向。

東京教区主教按手式説教

 

 

 

 

 

 

 


イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。
父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」
そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。…」
(ヨハネによる福音書20・21~22)


一九八八年以来東京教区主教として永らくその職責を果たされ、本日をもって退職される竹田真主教の後継者として、植田仁太郎被選主教を東京教区第8代の主教に按手聖別する今日のこのサクラメント。このサクラメントを祝う、大きな群れの一人に加えられたお恵を、先ずもって感謝し、また、私たちが今日ここにおいて行うすべての事が御心に適うものとなり得ますように、聖霊なる神様の親しきご臨在と御導きとを皆様と共に切に祈り求めたいと思うのであリます。

ずいぶん昔、東北の盛岡の聖公会で、まだ駆け出しの司祭であったころ、東京から一人の青年が訪れて来ました。牧師館でいろいろ話をしているうちに、ちょうど大斎節にあたっていたのでしょう、当時大斎節第三主日の福音書として読まれていた有名なイエスのたとえ話(ルカ一一・一四~二八)が話題になりました。家を縛麗に掃除して、汚れた霊を追い出しても、もしそのまま空き家にして置くならば、他の七つの悪霊を連れて戻ってきて、状態が前よりも悪くなるだろうという、誰でも良く知っているあの譬え話でした。私は、日本の伝統宗教である神社神道を例に挙げ、禊によって諸々の汚れを洗い清めるとか、お払いによって諸々の崇りを払い去るという儀式を持ち、また塵一つ無く掃き清められた静かな美しい神殿や境内を持っているけれども、確たる神学を持たなかったために、元々神社神道にはなかった種々な思想、イデオロギーが次々とヤドカリのように人リ込み、神道本来の姿がゆがめられてしまった歴史がある。国家神道などもその一例ではないか。それと同様、聖公会もきちんとした神学を持っていなければ、キリスト教とは異なる思想、あるいは見たところキリスト教のようでもキリスト教とは相入れない思想が、他の七つの悪霊を連れて入り住み、教会としての内実を失った、キリスト不在の、見せかけだけの教会になってしまうのではないか。そのような話をした記憶があります。

東京から来たその青年は、私の演説を静かに聞いていましたが、「先生、教会が神学を失えば教会で無くなってしまう、というのは本当だと思います。でも、先生、教会が教会としての生活を失うとすれば、もっと教会でなくなってしまうのでないでしょうか」と言ったのです。ウーン、おぬし、若いながらなかなかやるではないか、と、内心思いました。その青年こそ、誰あろう、植田仁太郎当時執事だったのです。教会が教会であるためには、神学が神学に終わることなく、生活の中に具体的に実践されるべきことを、彼は私に教えてくれたのでした。旧約聖書を背景として主イエスは、預言者・祭司・王という三つの役割を身に帯び、且つこれを完成・成就なさったとは、古典的な聖書神学の教えるところですが、主教の勤めも、まず第一にキリスト教の正しい信仰を擁護することであり、そのために新主教は預言者として常に神のみ言葉に耳を傾け、またそのみ言葉を人々に述べ伝え、またそれが生活の中で実践されるよう励ましてくれるであリましよう。

同じころ、新教出版社の月刊雑誌「福音と世界」に掲載された日キ教団の牧師さんの文章を読んで、また大きな学びをさせられました。その一節を一字一句正確に記憶している訳ではありませんが、大体次のような内容だったと思います。ある人が教会を批判して、わたしにこう言いました、「教会という所は、お祈りぱかりしていて、何もしていないじゃないですか」と。この批判は私の心にグサッときました。しかし、もっとグサッと来たのは、その批判を耳にした人が、次のような疑問を発した時でした、「教会はお祈リぱかりしていてと言う批判ですが、それよりも先生、教会はその人が言うように、本当に、お祈りしているのでしょうか」と。この疑問、この批判は、私の心に更に更に深くグサッと突き刺さって来たのでした。

と、大体こういう内容だったと思います。つまり、教会は礼拝ばかリしていて、福音宣教の実践が欠けているという、この第一の批判も、言い訳のできない手厳しい批判であるが、それよりもまず、元々、教会の中で、本当に、心のこもった祈りが神様に向かって捧げられているのか、という第二の批判は、更に手厳しい、謂わばもっと教会の内面に迫る批判であるように思った、という訳ですが、これは他人事ではない。私自身に向かって、場合によっては日本聖公会全体に向かって投げかけられた批判でもあるように思われたのでした。

いま、私たちは立派な祈祷書を持っています。また、遠からず、聖公会らしい品格を失うことなく、且つ又神学的にも確かな、新しい聖歌集も与えられようとしています。しかし、本当に心から祈っているのですか、本当に心から歌っているのですか、と問われると、私などは少からず反省せざるを得ません。私はどちらかと言えば形式に重きを置く方だと自分では思っていますが、過きたる形式主義となると如何なものか。過きたる礼拝主義、過きたるサクラメンタリズム、過きたる恩寵主義に、或いは単なるヒューマニズムに甘えているところがあるのではないか、と、反省せざるを得ないのです。先程ご紹介した「福音と世界」に載せられた牧師さんのお話ではありませんが、われわれに必要なのは、祈祷書に定められている礼拝諸式を形式的に上手にこなすことではなく、あるいは、聖歌の新しい言語表現や、新しいリズムやメロディに酔い痴れることではなく、心を開いてイエスの息吹を受け、心の奥底から「アバ父よ」と呼び掛け、また人々を神のみ前へと導く祈リなのではないか、と思うのであリます。主教職の第二の勤めである祭司の勤めを、新主教は誰にもまして担って行かれることでありましょう。

もう一つ、随分昔に読んだ本なので、著者の名前も、本の名前も忘れましたが、今なお心に残っている言葉があります。それは「罪による一致は簡単であるが、聖霊による一致は難しい」という言葉です。罪による一致とは何か。それは、人間は不平不満があると驚くほど簡単に一致するということでもあリましょうし、あるいはまた権威を与えられた者が、簡単に権威(auctoritas)を権力(imperium)に変えて、人々を力ずくでまとめようとしたり、真面目な議論を恐れて安易な妥協的な一致を試みたリすることでもあリましょう。それに較べて、聖パウロが熱望した「聖霊の賜う一致」(エペ四・三)を守ることはなかなか難しいことだと、言うのであります。

聖公会の管区・教区・教会の組織を考える場合、我々は聖パウロのあの有名な「キリストの体としての教会」の譬えを常にイメージします。そのイメージするところは、言うまでもなく、生きたキリストの生きた体であって、てんでばらぱらに勝手に動く体なのではない、ましてや死んだ体なのではない。体の各部分がお互いの存在と働きを認め合い、尊重し合い、助け合い、時には自らを犠牲にしてまでも、一致に向かって生きまた働く姿を描きだしています。教区にあっては主教は一致の要であり、またその実現のために仕える僕となります。それが主教職の第三の勤めである王の姿であります。

このように、キリストの体としての教会を常にイメージしていることは、大変結構なことですが、しかし外見的に整ったキリストの体をイメージし過ぎて、教理的に、礼拝的に、組織的に、或いは宣教牧会の活動の上で、伝統にこだわり過ぎたり、目に見える秩序だけが尊重されたり、またそれとは逆に、独善的な安易な進歩主義に心を奪われることがあります。そのいずれの場合においても、人間的な失敗や挫折に正直に謙虚に向き合うことをせず、結果的に、肝心要の聖霊のお働きになる余地がないということに若しなるとするならば、組織体としてのキリストの体も分裂するか硬直するほかなく、また、運動体としてのキリストの体もその機能を果たせない物になってしまうであリましょう。ここでも必要なことは、初めの使徒たちと同じように、主イエスの息吹を受けること、聖霊の激しい風に揺り動かされ、聖霊の火によって燃やされることであります。そのような観点から、東西両教会の再一致に向けての話合いの中で、ニケヤ信経から「フィリオケ条項」を外す、外さない、という手続き上の論議の前に、東方教会の三位一体論、ことに聖霊論からもっと学ぶべきことがあるのではないかという西方教会の学者の声にも、耳を傾けて見る必要がありましょう。また、聖パウロが、教会を「キリストの体」に楡えた時、同時にまたそれが「聖霊の賜う一致」であることを念頭に置いていただろうことを、我々はしばしば思い起こすべきであリます。

今日、東京教区に新しい主教が与えられ、新しい一致へ向けての新しい一歩が踏み出されます。教理の面でも、組織の面でも、礼拝の面でも、宣教牧会の面でも一層神様のみ心にかなう、活き活きとしたもとのなり得ますよう、改めて主イエスの息吹きを受ける日であります。もちろん、我々が改めて主イエスの息吹を受けるということは、あるいは我々に新しい困惑、ためらい、恐れを引き起こすことになるかも知れません。というのも、我々一人一人が、そしてまた東京教区が、主イエスの息吹の赴くところへ、使徒言行録的に言えば「地の果てにまで」、改めてさし遣わされることになるからです。「地の果て」と言えば「北の果てなる氷の山の」との聖歌が示すようにかつては地理的な距離を意味しました。しかし、主イエスがお弟子たちに「沖へ漕ぎ出して網を下ろしなさい」「深みへ乗り出し、網を下ろして漁れ」と命じられたお言葉を考えると、主イエスの言われる「地の果て」とは、単に地理的な距離だけではなく、「人の心の深み」「人の心の一番深いところ」を差しておられたのでありましょう。その意味では、心の底で言葉にならないうめきをもって主を待ち望んでいる方が、我々のすぐ身近におられるかも知れない。我々の同労者の中に、信徒・求道者の中に、或いは我々の友人・家族の中にいるかも知れない。その心の一番奥深い所へ届くように福音を述べ伝えるということは、なんと恐ろしい使命でしょうか。それは、最初の使徒たちが主イエスによって遣わされた時の恐れと同じ恐れであります。しかしまた、主イエスは彼らに言われました「見よ、わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいるのである」と。最初の使徒たちへの主イエスのこの御約東は、正に今日の私たちに対する御約束であります。主イエスの息吹、聖霊の御導きを豊かに受けて、新しい一歩を踏み出すことのできるお恵を感謝いたしましょう。(イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」そう言ってから、彼らに生きを吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい…」。)

 

植田主教第八代・教区主教座に

去る3月31日(大斎節第四主日後の土曜日)、立教女学院聖マリア礼拝堂で、ペテロ植田仁太郎師が主教に按手され、第八代東京教区主教に就任された。

 プロセッションはトランペット、オルガンによる「喜びの行列」で始まった。朝から小雪が舞う真冬なみの寒い外気がうそのような熱い思いに包まれて、八百人ほどの会衆が見守るなかで、日本聖公会教区主教十人のほか退職主教四人、海外から臨席された主教五人が植田被選主教の頭に手を置き、「主の教会における主教の務めと働きのために…聖霊を注いで下さい」と祈り、会衆共々「アーメン」と唱和。古本純一郎首座主教司式による主教聖別につづいて主教団、東京教区代表より主教の職務を示す品々が言葉を添えてプレゼントされた。

また主教座聖堂理事長竹内謙太郎司祭より指輪を受けた後、現任の竹田眞教区主教が「司牧のしるし」牧杖を授与し、新主教を主教座に導かれた。このあと植田新主教の「主の平和が皆さんとともに」の導入で「平和の挨拶」が交わされ、植田主教司式(主教団共同司式)による聖餐式へと移っていった。

 説教者として村上達夫主教(退職・前東北教区主教)が迎えられた。福音書朗読は五十嵐正司主教(九州)、主教推薦には高野晃一主教(大阪)・佐藤忠男主教(東北)が、また主教按手の証朗読は宇野徹主教(北関東)がつとめた。式典は式典長竹内司祭(前出)、加藤博道・加藤俊彦・高橋宏幸・宮崎光四司祭の副式典長がはこび、また司式主教チャプレンには輿石勇司祭(管区事務所総主事)・下条裕章司祭が、教区主教チャプレンには大畑喜道司祭・山野繁子司祭がそれぞれ当った。 

 分餐はチャンセルが植田・竹田両主教、一階・二階を埋めた会衆席には韓国とメリーランド教区主教を含めた八組の聖職班が分かれて当った。東京教区聖歌隊、立教女学院高等学校聖歌隊もアンセムを奉唱。岩崎真実子氏のオルガン、戸部豊氏のトランペットによる奏楽は式典の雰囲気を盛り上げていた。そのほか聖卓、奉献、手話通訳、会場・案内、受付などの礼拝奉仕にも多数が当り、つつがなく感謝と喜びの式典を終えた。退堂に先立ち、主教や来賓者が実行委員長前田良彦司祭から紹介された。

 15時半すぎ、短大学生ホールに会場を移して祝賀会が開かれた。常置委員長大畑司祭(前出)の歓迎の挨拶につづき、来賓を代表して日本キリスト教協議会総幹事大津健一氏、日本カトリック教会大司教・世界平和会議理事長白柳誠一枢機卿、そのほか大韓聖公会首座主教(テジョン教区主教)尹煥主教、米国メリーランド教区R・イーロフ主教から、それぞれ祝意と励ましを交えて挨拶を頂いた。植田主教の緊張をほぐすメッセージも聞かれて、歓談の時間では終始、和やかなムードが溢れていた。

 植田主教から家族の紹介があったあと、竹田主教の挨拶をはさんで植田主教が挨拶に立ち、主教職へのジョークで話を閉じながら感謝を述べて、決意の一端を披瀝された。司会は村守直芳氏、通訳には香山洋人司祭 (韓国語)、寺内安彦氏(英語)が当った。最後は前田実行委員長(前出)の閉会挨拶があり、5時すぎ、会場入口に立った植田主教夫妻が参会者を一人ずつ見送って、散会となった。

竹田主教 教区新年礼拝説教

      • 新年おめでとうございます。皆さんと一緒に教区の新年礼拝を捧げることをうれしく思っています。今年も皆さんの上に主の豊かなお恵みを祈ります。年末から年始にかけて、ノヴェナの礼拝で、お忙しいときと、せっかくの新年のお休みの時期を台無しにしてしまい、教区の皆さんから怨みを買うと心配していましたが、毎回多くの方々に参加していただき、この心配も杞憂だったと感じております。皆さんに心から感謝しております。

 

      •              ▽

 

      • 今日1月6日は、主イエスの「顕現」の祝日です。もともと、主イエスの誕生日の祝日は1月6日でしたが、次第に12月25日にご降誕だけをお祝いするようになったようです。顕現日はご降誕のお祝いの一部といえますが、とくにこの日は、東の国の『占星術の学者』が、イエスの誕生を知って、ベツレヘムまで拝みに来た出来事を記念します。新共同訳聖書では『占星術の学者』と訳していますが、原語は「マゴス」―マジックの語源―『魔術』です。

占星術と魔術

      • この占星術の学者は、「星占い」あるいは「魔術師」として、古代ペルシャやヘレニズムの世界で、学者あるいは祭司として尊敬されていました。占星術の根拠となっている考え方は、天体に無数に輝く星のうち、それぞれの人にはその人の星があるということです。星は、それぞれ決まった位置と軌道があるので、占星術は、星の動きと場所を観測して、人の運勢を鑑定します。占星術の学者や魔術師は、人間の運命だけではなく、社会の動きも、宇宙の動きも予測する知識を修得しているということで、一般の人たちから特別な知恵者として尊敬されていました。

 

      • しかし、聖書の世界では、占星術や魔術には否定的でした。聖書の信仰は、人間の命だけではなく、被造物すべてが神様のみ心に支配されているということです。人間の知識や魔術などで、運命を予測したり変えることが出来るという思想は、神のみ心に反逆する人間の傲慢な営みであると考えました。それぞれの人間の運命が、星の動きによって決められているという、人間の運勢を占う習慣は、日本にも昔からあります。日や月、季節によって、縁起が悪いあるいは良い日や時、方角など決められているという信心です。

 

      •             ▽

 

      • 私たち人間の命は常に不安定であり、私たち人間はいつも自分の将来の運命を気にしながら生きています。従って、人間には、将来の見通しをつけておきたいという願望があります。自分の縁起の良し悪しを決めてくれる鑑定に頼りたくなります。星占いで運命を鑑定してもらったり、魔術で悪い運命を良いものに変えてもらえば、そのような不安から解放されます。古代社会では、――古代社会ばかりでなくどの時代でも――占いや魔術は大変尊重されたのです。しかし、聖書では、主イエスの福音によって、神が何時も私たちと共にいてくださって、どのような危機や不安定の状態にいても、恐れなく生きていくことが出来る信仰が与えられています。にもかかわらず、初期のキリスト教が、ことにギリシャの世界に広まっていくと、多くのクリスチャンは、周囲の社会で信奉されている占いや魔術の託宣に、再び引き付けられ、戻ってしまう傾向が出てきました。

 

      • 私たち人間の命は常に不安定であり、私たち人間はいつも自分の将来の運命を気にしながら生きています。従って、人間

      • には、将来の見通しをつけておきたいという願望があります。自分の縁起の良し悪しを決めてくれる鑑定に頼りたくなります。星占いで運命を鑑定してもらったり、魔術で悪い運命を良いものに変えてもらえば、そのような不安から解放されます。古代社会では、(古代社会ばかりでなくどのの時代でも)占いや魔術は大変尊重されたのです。しかし、聖書では、主イエスの福音によって、神が何時も私たちと共にいてくださって、どのような危機や不安定の状態にいても、恐れなく生きていくことが出来る信仰が与えられています。ところが、初期のキリスト教が、ことにギリシャの世界に広まっていくと、多くのクリスチャンは、周囲の社会で信奉されている占いや魔術の託宣に、再び引き付けられ、戻ってしまう傾向が出てきました。

『この世の諸霊』

      • パウロがガラテヤの信徒への手紙の中で、「あの無力で頼りにならない支配する諸霊のもとに逆戻りし、もう一度改めて奴隷として仕えようとしているのですか。あなたがたは、いろいろな日、月、時節、年などを守っています」(4章 節)と警告しています。「この世を支配する『諸霊』(ストイケイア)」とは、「真実の神でない神々」のことです。異邦人たちが信奉している、占いによる託宣です。自分の知識で考えだしたことを、天から聞いた神の声と宣伝して、純真で素朴な民衆を信じ込ませる偽りの預言や戒律です。人間の思想や知識を、あるいは物体を霊験あらたかなものとして、信仰の対象にしてしまうことです。聖書が繰り返し非難している偶像崇拝です。ガラテヤの信徒への手紙では、キリストの福音によって、このような諸霊から解放されて自由になったはずのガラテヤの信徒が、またその諸霊の信仰に逆戻りして、神々の奴隷になってしまったことを警告しています。

 

      •             ▽

 

      • 誕生したイエスを拝むためにベツレヘムを訪ねた占星術の学者は、もともとは『諸霊』に仕える祭司でした。しかし、天体を観測しているうちに、不思議な星の光を発見して、ベツレヘムに『ユダヤ人の王が生まれた』ことを知り、はるばる東の国から、礼拝するために訪ねたのです。ガラテヤの信徒は、キリストの信仰から、『諸霊』の信心に逆戻りしました。反対に、この占星術の学者は『諸霊』の神々に仕える祭司から、「唯一の神」の信心に到達した学者たちです。星の動きによって、偽りの救いの宣伝をして、多くの人々に崇拝されていた学者が、星を観察しているうちに、その星が『ユダヤ人の王』の誕生を伝える神の器であることに気づいたのです。星その物が真理ではなく、星は神の真理に導く導き手なのです。この星の光の導きによって、神のみ子の誕生という知識に到達したのです。

 

      • ベツレヘムに生まれた貧しく、無力な幼子イエスに、「平伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた」と書いてあります。一説によると、彼らの献げ物は、魔術のために使用する、彼らがそれによって生きていかなければならない、貴重な商売道具だったとも言われます。彼らは、自分たちの魔術―その営みを支えてくれていたもの―を、神のみ子に献げて、諸霊(神々)を越える神に帰依したのです。 イエスの顕現は、人間の不安につけ込んで取り込もうとする、『諸霊』からの解放です。闇に閉じ込められている状態の中、光の輝き、絶望の中の希望、お互いに切れてしまっている人と人との関係の中の孤独と対立の壁を乗り越えて輝く、和解と平和の道を照らす光りなのです。

現代社会の諸霊と解放

      • いよいよ二一世紀が始まりました。現代の世界、とくに日本の社会は、経済も、政治も、教育も、福祉も『諸霊』の支配が、ますます強くなっているようです。『諸霊』の支配の特徴は、人間にランクをつけ、区別し、分類する社会です。権力や財産を持つものが高く評価され、貧しく無力な人々が周辺に追いやられ無視される社会です。支配し、管理する人々と、抑圧され、社会の底辺で小さくされている人々がいるのは、星によって決められたものであり、変革したり批判することの出来ない正しい制度である…とする社会です。

 

      • 経済的に豊かな者と貧しいもの、学校教育での偏差値によるランク付け、また自治体もランクがつけられ…占星術の托宣のように、どの学校に入学するかで、その人の将来が決められてしまうのです。肉体的精神的に弱くなっている老人たちの介護は、その健康状態の評価によってランクが決められ分類されます。権力と財産と知識と技術等をどの程度所有しているかによって人間や職業などの価値が決定されています。

 

      • 一方においては権力を持ち、豊かであることを享受している人々がおり、他方、社会の底辺で無力で搾取され、苦しみ悲しむ人々がいることが当たり前と思いこんでいる人々が多くなっている社会です。 古代のアテネはその学問と民主的な市民社会で有名ですが、そのような社会の底辺には自由市民よりも多くの奴隷がいたのです。この抑圧された人々は、存在したことも無視されてきたのです。アテネでは、そのような社会が、神々が決めた社会として受け入れられていました。今の日本に生きる私たちも、このような『諸霊』が支配する世界に安住する誘惑を受けます。そして、自分よりも無力なもの、小さいものを抑圧することに、いつの間にか加担していることになるのです。

 

      • 私たちの教区の宣教目標とプロジェクトは、このような状態は、神のみ心に反することであるという信仰的気づきに動機づけられています。私たちはこの現実に気づき、私たちの罪を懴悔し、み心にかなう社会の実現のためにこのノヴェナの礼拝をささげているのです。

 

      •             ▽

 

      • 最後に私たちの聖公会の現状について、反省したいと思います。私たちの教会も、『諸霊』の支配に戻る危機に直面しています。一つは現代の、はっきりした規範が見いだせない混乱した状況の中で、もう一度過去のある特定の歴史状況の中で造られた習慣、制度を、神が制定したものとして、それを権威ある規範として押しつけて、混乱を治めようとする動きです。そのような秩序にどれだけ従順であるかによって、信仰の高さ低さのランク付けをする宗教にしてしまう傾向です。神の永遠の愛のみ業に仕え、仰ぎ見ることをしないで、歴史の中で形成された教理や制度を、神が定めたものとして、それを基準にして、信仰の在り方を裁き、また、それに従わなければ救われないと主張する動きです。

      • もう一つの傾向は、歴史の中で形成された伝承を無視して、自分独りの思い付きで神の福音を理解し、教会の礼拝や制度を自分の思いのままに作り替えようとする動きです。もともと神の言葉とはいえないことを、神から直接聞いたかのように、神の名で語ることです。とくに聖職は、常に自分の思いや行いや言葉を、聖書と伝承された教えに留意して、共同的学問研究と祈りによって謙遜に吟味してから、必要な変革を試みなければなりません。パウロは各自が思いのまま振る舞う、コリントの教会での聖餐式について、あなた方は主の晩餐でなく、自分自身の晩餐を楽しんでいると警告しています。

 

    • 更にパウロは、「なぜ『「手をつけるな、味わうな、触れるな』などという戒律に縛られているのですか」と尋ねます。同時に「独り善がりの礼拝、偽りの謙遜」を戒めています(コロサイの信徒への手紙)。 二一世紀の日本の社会全体においても、また教会の中においても、私たちは『諸霊』の支配に注意を向けなければなりません。私たちは、イエスの顕現で明らかにされた、神の和解と平和を追い求め、神の愛の業にますます熱心に仕える恵みと力が与えられるように、この礼拝で共に祈りたいと思います。

 

2000年教区報クリスマスメッセージ

インマヌエル

 イエスは「インマヌエル」という称号で呼ばれます。「神はわれらと共におられる」という意味です。イエスはすでに生まれた時から、私たちと共に、ことにこの世で苦しむ者と共におられます。イエスが「インマヌエル」と呼ばれるのは、イエスご自身が最初から苦しみを味わっておられたからです。

 イエスは、この世の無力な人と同じように、傷つき易く、権力者の迫害に苦しめられました。生まれたばかりのイエスは、ヘロデ王の迫害で、両親に連れられてエジプトに避難民として逃亡しなければなりませんでした。

 ここに掲げた二つの絵のうち、上のものは一六世紀に描かれたイエスと家族の「エジプトへの逃亡」の絵です。もう一つは、一九九一年のピナツボ火山の爆発の時、若い両親が幼児と家財道具を抱えて避難するアユタ族の家族です。避難民だったイエスは「インマヌエル」として、現代もこのような家族と共におられます。

竹田主教のクリスマスメッセージ

-2000.12.18-

みなさんクリスマスおめでとうございます。みなさんの上に主イエスのご降誕のお恵みが沢山ありますようにお祈り申し上げます。

クリスマス…主イエスがベツレヘムの馬小屋でお生まれになった…そういうことは、私たち、小さい者の中に神様の子がいらしゃる~そういうことを教えているのだと思います。
私たちはいつも私たちの回りにいる、小さくされた人たち、貧しくされた人たち、何も言えないで苦しんでいる人たち、悲しんでいる人たちのことを思いながらクリスマスを過ごす。
クリスマスの喜びがそういう人たちにも伝わるようにと思いながら、クリスマスをお祝いすることがクリスマスの大事な私たちの守り方だと思います。

どうかみなさまの上にまた、苦しんでいる人たち、飢えている人たち、貧しい人たちの上にも神様の愛が、神様のお恵みが豊かにありますようにと共に祈りながらクリスマスを迎えたいと思います。

みなさまの上にどうぞ豊かなお恵みがありますように。

竹田主教のイースターメッセージ

-2000.04.23-

みなさん、イースターおめでとうございます。

イースターは主イエスの十字架の死からのよみがえりの喜びの祝日でございます。私たちはこの主イエスの復活の信仰に基づいて生きているわけでございます。

私たちは日々の生活の中で、時々行き詰まり挫折が起こり、神様がいらっしゃられていなくなってしまうような…そういう出来事に直面します。

しかしその中でも、神様は「私はいる」「私はいるのだ」という「私が」という声で、私どもに近づいてきてくださいます。そしてもう一度、私たちは希望を回復して、そして生きていくわけでございます。その根拠が私たちの主イエスのよみがえりの信仰でございます。私たちはますますこの信仰を強くして、生きていきたいと思います。

見通しの暗い時代ですが、しばしば神様を見失うようなことが起こる時代ですが、それでも神様は必ず顕れて私たちと共にいてくださる…そういうことを、私たちが復活の信仰によって増すことができます。

どうかこの復活の信仰をますます強めて、この信仰をこのような人たちにも広めていき、また私たち自身、この信仰を強めていきたいと思います。

では、みなさんイースターおめでとうございます。皆様への神様のお恵みを祈ります。

2000年教区会開会演説

主の恵みの年として  主教 竹田 眞


本日は東京教区第八八(定期)教区会にお集りいただき有難うございました。神の人類救済の働きに奉仕するため、教区/教会でのさまざまな領域での皆さんの献身的ご奉仕を感謝致します。ことに、教役者、その他の奉仕者、兄弟姉妹の働き、ことに奉仕者同志の協働態勢の進展を感謝しています。


一  新しい世紀を迎えて


 いよいよ紀元二〇〇〇年、新しい世紀及び千年期(ミレニアム)を迎えることになります。世俗的な見方をすれば、このことは単なる時間の進行に過ぎませんが、私たちの信仰から言えば、主イエスの降誕後二〇〇〇年の記念の年ということになります。聖書の用語を使えば、今年はとくに大きな「ヨベル(ジュビリー)の年」として、「ジュビリー二〇〇〇」と呼ばれています。ルカ福音書によると(四章一六ー一九節)主イエスが、自分の故郷ナザレの会堂で最初に宣教を始めた時、そこで読まれた聖書の言葉がイザヤ書六一章の「主の恵みの年」つまり「ヨベルの年」の到来の宣言でした。

  主は……
  わたしを遣わして、
  貧しい人に良い知らせを
    伝えさせるために。
  打ち砕かれた心を包み
  捕らわれた人には自由を、
  つながれている人には解放を
    告知させるために。
      主が恵みをお与えになる年……
 こういう宣言をされました。

 今年は、「主の恵みの年(ヨベルの年)」として、現代の世界の「貧しい人」、「打ち砕かれた心」、「捕らわれた人」、「つながれた人」に解放を告げる年とされるため、世界中で解放を告げる運動が広まっています。今世界中で広まっている「ジュビリー二〇〇〇」の運動は、すでに一九九四年にローマ教皇が提唱し、さらに一九九八年のランべス会議でも全世界の聖公会が積極的に関わる申合せをいたしました。この運動の第一の目標は、世界に四〇ヶ國ほどある「重債務最貧國(HIPCs)」の人々が負う債務の苦しみからの解放です。この運動は、今や世界の政治指導者を動かすほどになりました。一九九八年のバーミンガム、また昨年のケルンのG七サミットでも議題になりました。今年の七月の沖縄の(G八)サミットに注目したいと思います。七月には沖縄で「ジュビリー二〇〇〇」の國際会議が開かれ、日本聖公会主教会ではこれに参加する沖縄教区に積極的に協力することを決定致しました。来る五月二三日から開かれる日本聖公会総会でその取り組みのための議案が提出されるはずです。

 またこの他にも、キリスト降誕二〇〇〇年の記念として、さまざまな行事が行われますが、ことに一一月に開かれる東京大聖書展には前回の臨時教区会でプロジェクト・チーム設立を決議したように積極的に参画したいと思っております。
 二〇世紀は戦争と紛争が繰り返された世紀でした。相手に効果的に被害を与える技術も著しく発達して、犠牲者が、ことに無実の弱者の犠牲が激増しました。また貧富の格差が拡大しております。二一世紀を神の平和と正義の実現に希望を与える世紀になるため、教会は大きな宣教課題を課せられています。


二 教会の機構の改革について

 現在、激変する社会の中で、日本聖公会が管区としての自己理解をあらためて明確化した上で、宣教と奉仕の使命に奉仕するために、管区の機構が再検討されています。五月の総会で、管区機構の改革案が提出されるはずです。また、教会と各個教区のレベルでも、従来の機構の改革が求められています。宣教と奉仕の働きが、教区で担うべき領域と各個教会で担う領域をさらに明確化する必要があると思います。宣教の方針と企画は現在は教区レベルに重点が置かれていましたが、前回の臨時教区会で申し上げましたように、プロジェクトなども教会または教会グループからの発案で企画されることが望ましいと思います。教区はむしろ、各個教会や教会グループのプロジェクトの遂行の支援に奉仕することが望ましいと思います。二一世紀には、さらに各個教会を主体とした宣教活動が充実されることを期待致します。教会の牧師の任命も従来は事実上教区主教が一方的に派遣していましたが、各個教会がそれぞれ独自に適当と思われる司祭を牧師候補として人選して独自に交渉し、主教の了解を得て任命するという招聘制度の可能性も、いずれは検討しなければならない時期が来ると考えております。各個教会の自発性と主体性、つまり教会の自立を強化することです。

 もちろん各個教会自立の強化の動きに反対の意見もあることも承知しております。つまり、教区を一つの教会ように理解し、各教会は教区のもとにおき、各個教会(パリッシュ)としてよりも、むしろ伝道所あるいはチャペルのようにみなす組織であります。問題は、教区と各個教会の性格と役割が不明確なことであります。教区主導の制度を強化するか、各個教会主体の方向を取るか、さらに検討して明確化することが必要です。

 現時点では、教区レベルでは、常置委員会と宣教委員会を中心とした制度をさらに充実させていくつもりですが、教区の宣教目標である「もっとも小さい者への出会いと奉仕」は、今後も堅持することを希望しております。これはいつ、どこにおいてもわたしたちが従わなければならない主イエスの福音の教えであるからです。そのために、教区の制度も、より効果的にこの宣教目標が執行出来るように、財政を含めてその制度を検討しなけれなばならいと思います。二〇世紀から二一世紀に移る今の時期は、近代から近代が終わった時代と言われるように、従来以上に時代に応じた変革が必要の時であるようです。しかし、教会はどのような時にも、変えるべきものと、変えてはならないものとを識別する必要があります。

 さらに、最近起こってきた問題は、私たちが宣教の使命に取り組む時、宗教法人としての管区や教区のありかたに留意しなければならないということです。一九九五年のオウム真理教の反社会的事件を契機として、宗教法人法が改定されました。「宗教は恐ろしいもの」という世論の支持で、宗教に対する行政の管理、監督、調査が強化され、信教の自由に触れるような国家の介入が起こっています。特に税務調査の動きにその事態が具体的に現われています。宗教法人法の改定の外にも、従来余り気にしなかった宗教活動に関わりをもつ法案(たとえば消費者契約法、情報公開法)が提出され、このような法を理解した上で牧会、伝道を行わなければならないような事態であります。日本の現在の政治の動向と宣教のあり方をあらためて検討しなければならないようです。


三 教役者の人事

 二一世紀の始まりから東京教区も教導職の定年退職による異動が行われます。ことしの七月一五日には来年四月に就任する新しい教区主教選出のために臨時教区会を招集します。さまざまな任務の引継ぎのため、特に来年の四月の教役者人事には、新しい被選主教と協議して行いたいと願っています。従って、個人的には、選出を聖公会総会に委ねる事態が起こらないことを切望しております。東京教区の新しい教導職のために、皆さん一人一人、またいろいろなグループでの慎重で積極的な準備と祈りを期待致します。

 すでに公表されましたように、四月一日付で教役者人事の異動が行われます。詳しくは常置委員会報告に記載がありますので省きますが、特に今年は三人の司祭が定年を迎え退任されます。聖パウロ教会の佐藤信康司祭と米村路三司祭、立教大学の塚田理司祭です。長年の聖職としてのご奉仕に感謝いたします。教区の全教会に司祭を牧師として派遣出来ず、聖職候補生が牧師館に定住したり、管理体制の教会もあります。定年退職された司祭に、主日聖餐式その他司祭の職務の奉仕を随時お願いすることになると思いますが、お元気な限り積極的にお手伝いをお願いする次第です。また、今年四月からは、神学院の課程を修了した鈴木裕二聖職候補生に、教会勤務の聖職候補生として、八王子復活教会勤務を命じました。新しく教役者の仲間に加わるわけです。

 新しい一〇〇〇年期を始める東京教区の上に、また本教区会の上に主の励ましの霊が豊かに注がれる様に祈りつつ、私の挨拶を終わりたいと思いす。御清聴有難うございました。

竹田主教の大斎節メッセージ

みなさんこんにちは

だいぶ暖かくなって春らしくなってまいりました。

春になると教会では主イエスのご復活のお祝いを迎えます。イースターのお祝いです。

その前の40日間、教会では特に聖公会では「大斎節」という40日間の期間を過ごします。これはイースターを前に主イエスの十字架のご受難また死を思い起こして、そして私達も「主イエスの道に従っていく」そういう信仰を強める期間でございます。

昨年の12月25日にはクリスマスを迎え、その後は~主イエスが私達の所に来て私達のことを救ってくださった~という「来てくださるイエス様」をお迎えして喜びの期節を過ごしましたが、私達は主イエスを学び、主イエスを黙想している間に、主イエスはただ、来てくださる、だけではなくて「先立つイエス様」…十字架の道を進むイエス様に変わってまいります。そして主イエスは私達にそのイエスが進む十字架の道に従うことを促されます。

私達が改めて私達の信仰を「強化」しなければなりません。そのために「大斎」の期節は私達が改めて主イエスの十字架の道に従う信仰が強まるように様々な訓練をしたり、研修をしたりする期節であります。

どうかみなさんもそのために40日間を大事にしていただきたいと思います。そして「来るイエス様」を私達は信仰するだけではなくて、「先立つイエス様」に従っていく、そういう信仰を強めたいと思います。そして主イエスのご復活の喜びを皆さんと共に迎えたいと思います。

皆さんの上に大斎節の間、神様の励ましと導きがありますようにお祈りいたします。

竹田主教の顕現節メッセージ

-2000.1.10-

みなさんこんにちは

12月25日のクリスマスが終わりまして、年が明け、1月6日から教会では顕現節という期節を迎えます。顕現節はクリスマスの話の中に異邦の国から占星術の博士がやってきて、生まれたばかりの幼な子イエスを訪ねたということを記念します。

異邦の世界にも神様の愛が及び、神様の救いが及んだということを記念する期節です。

どうかみなさんひとり一人の上にイエス様の救いの働きが及びますように、多くの恵みが与えられますように祈りたいと思います。どうぞみなさん、恵みのもとで過ごしていただきたいと思います。